第89話 新たな旅立ち(1)
ナストリア国から転移の灯にて去ったシノアリスが到着したのは、付近の町“ロロブス”にある廃墟の教会だった。
姿を見せたシノアリスに、暁を看病していたくーちゃんはパッと表情を明るくし傍に駆け寄ってくる。
「ごしゅじんさま、ご無事でしたか!」
「うん、くーちゃん暁さんの看病してくれてありがとう」
感謝を言いながら頭を撫でればくーちゃんは嬉しそうに喉を鳴らす。
あのとき転移の灯でダンジョンから戻ったシノアリス達は、直ぐにナストリア国からくーちゃんの浮遊魔法で飛び出しロロブスの上流付近にある廃墟の教会に向かった。
本当ならロロブスの教会に駆け込むのが正しいのかもしれないが、完全にナストリア国を警戒対象と認識したシノアリスにとってナストリア国付近や同盟国さえも警戒をしていた。
悲しいことに、シノアリスは何度も監禁など権力者から狙われた経験がある。
その経験が今まさに活かされ、シノアリスの逃亡に役立っていた。
今度の相手は権力者の中でもトップ、国王が相手。ナストリア国を出たからといって安心はしきれない。
ロロブスの教会に足を運べなかったのも、もし早馬などで先回りをされることを恐れてからだった。
さらに此処を選んだのも、理由がある。
この廃墟の教会には聖水に近い湧き水があるからだ。死霊系も近寄れないほど、この教会の中は清められている。
死の呪詛に汚染されている暁にとって、光属性に満ちたこの場所は呪詛の進行を停止に近い状態で押し留めていた。
「すぅ・・・」
朽ちかけた椅子に横たわっている暁は、穏やかな寝顔で寝息を立てている。その様子にシノアリスは安堵の息を吐いた。
「いまのうちに湧き水も汲んでおかないとね」
「くーにおまかせください!」
「うん、ありがとうくーちゃん」
ダンジョンで聖水をほぼ使い果たしてしまっていたので、ここの湧き水を確保しておかなければ。
ありったけの空瓶をくーちゃんと共に湧き水を汲んでいく。
「・・・」
くーちゃんは隣で湧き水を汲むシノアリスを横目で盗み見る。
暁の容態が安定している間に、ナストリア国で受けた依頼を破棄するために一人ナストリア国に戻ろうとするシノアリスにくーちゃんは必死に止めた。
だけど主人であるシノアリスは暁を守ってほしいと言われてしまい、シノアリスが一人でナストリアに戻るのを見守るしかなかった。
あのとき、暁がシノアリスを庇い呪詛を受けたときのシノアリスの嘆きはくーちゃんの心をひどく痛ませた。
くーちゃんはまだ生まれて間もない。
だからシノアリスが怒り、悲しむ意味が分からなかった。
そしていまもなお、何処か泣きそうな雰囲気にくーちゃんはかける言葉が見つからない。
せめて暁が起きていれば、と視線を後方へとやるも未だ呪詛の影響なのか目覚める様子がない。
大切な主人のために何ができるだろう、そうくーちゃんは考えつつも空き瓶を湧き水の中へと突っ込んだ。
一通り空き瓶に湧き水を詰め終えたシノアリスとくーちゃんは、今後の移動を話し合っていた。
「ごしゅじんさま、これからどうなさるのです?」
「これから隣国リェドに行くよ。まずは港町シェルリングで船を調達しにいく予定かな」
「にゃ?!隣国ですか!?」
カシス達には明かさなかったが、シノアリスはヘルプで妖精郷への入り口と名高い場所を探していた。
ヘルプにて検索した結果、妖精の入り口として知られているのは三か所だけだった。
その一つが隣国リェドの地にあるのだと知り、まずはそこに向かうべく港町シェルリングで船を手に入れなければならない。
幸いにも、水運ギルド支部統括長兼冒険者ギルド代理でもあるフィネより魔物の討伐報酬にて船の通行許可書を入手していた。
リースの説明では、水運ギルドの管轄している海域を渡る船すべてに乗れ、必要であれば専用の船も水運ギルドで用意できるレア物のアイテム。
「まさか、こんな形で使うことになるなんて」
予想だにしなかった展開にシノアリスは思わず苦笑いを零しつつも、報酬として用意してくれたフィネに感謝しかない。
「隣国までどれほど日数がかかるのでしょうか」
「・・・あ」
シノアリスは隣国リェドに行ったことがない。
そのため港町シェルリングからどれほど日数がかかるのか分からない、船旅が初めてのため準備が必要だ。だがシノアリスもくーちゃんもなにを準備すればいいのか分からない。
「は!こんなときこそヘルプだ!!」
安心信頼のヘルプに、船旅に必要な物を調べればいい、シノアリスはヘルプの検索画面を開いて検索をかけた。
「えーっと検索、“船旅”“必要なもの”」
ヘルプは即座にピロンとシノアリスの目の前に結果を表示させ、いくつも浮かぶ候補の中で、一際シノアリスが惹かれた項目を選んだ。
【あなたに快適な船旅を~これさえあれば最高の船旅になること間違いなし~】
【お持ちになると便利なもの】
・酔い止め
・双眼鏡
・日よけ傘
・水着
・帽子
・サングラス
・日焼け止め薬
・虫除け薬
「くーちゃん大変!船旅には水着がいるみたい!!」
「にゃにゃ!?みずぎとはなんですか!?ごしゅじんさま!」
「水の中でも切れる服のことだよ!」
明らかに選んだ内容を間違えているが、誰もそれを突っ込む者はここにいない。
更に一番必要な食糧や魔物と遭遇時での回復薬などの存在も書かれていないのだが、ヘルプで表示された項目なのだから間違いない!という強い信頼によりシノアリスは気付いていなかった。
「とりあえずくーちゃん用と暁さん用と私用の水着、作っておくね!」
「さすがです!ごしゅじんさま!!」
本当はロロブスにあるミススミミススの店にて水着を作ってもらいたいが、いまは一刻を争うのためシノアリスは服飾用の素材をホルダーバックから取り出し調合を始める。
「ごしゅじんさま、くーはなにをすればいいですか?」
「えっと、待ってね。“ロロブス上流付近”“採取できる素材”と」
ヘルプで新たに検索をかけ、シノアリスは出てきた検索結果の素材を見ていく。
「ふむふむ、あ!ここには“安らぎの蜜花”があるんだ!」
安らぎの蜜花は、痛み止め、酔い止め、日焼けなどを軽減させるの効果があり、よく冒険者ギルドや商業ギルドでも良く採取依頼が出ている人気の依頼の一つだ。
採取方法も難しくなく、蜜を採取するだけでいい。
「瓶は湧き水で使ったから、くーちゃんこの水袋に回収してもらえるかな?」
「わかりました!」
「あ、それともしこの“クスリミゴケ”があったら採取してほしいな」
素材図鑑を取り出し、クスリミゴケの項目をくーちゃんに見せる。
「これはどんなお薬なんですか?」
「下剤だよ」
クスリミゴケは大変強力な下剤を作るための素材である。
真っ白な苔のため汚れやすく見つけにくい。商業ギルドでも品薄の素材だがこの森付近ではクスリミゴケが採取できるようなので、見つけられたらとくーちゃんに頼んだ。
勿論シノアリスからの頼みなので、くーちゃんは喜んで引き受けた。
くーちゃん用に作られた時間停止機能と容量制限が付与された桃色の巾着袋を渡し、教会を出ていく様子を見送りシノアリスは水着作成の作業へと戻った。
*
「にゃんにゃ~ん」
シノアリスからの頼まれごとに、ルンルンと浮足立ちながらくーちゃんは、安らぎの蜜を採取していた。
袋一杯に蜜をいれれば、くーちゃんはシノアリスからもらった桃色の巾着袋へと収納する。
「
そして呪文を唱えれば、くーちゃんの手にはシノアリスから託された水袋が出現し、再び蜜の採取へと戻った。くーちゃんが唱えた
欠点としては素材に使用すると品質が落ちてしまうこと。
そして生物には使用が出来ないことである。
欠点はあるものの、
決してポンポンと気軽に扱える魔法ではないのでその光景を見た者がいれば、泡を吹いて卒倒するレベルの魔法をくーちゃんはシノアリスの為に惜しげもなく使用していた。
「さて、五十袋くらい溜まりましたがこれくらいで良しとしますにゃ!」
やり遂げたお仕事にくーちゃんはかいてもいない汗を拭う仕草をし、すべて巾着袋の中に納めると今度はポケットからある物を取り出し、両手で包み集中するように目を閉じた。
「
ザワリ、と微かに風が揺れると同時に、くーちゃんは全身で多くの気配を感知する。
そして掌の中にある“クスリミゴケ”と同じ気配が複数ヒットすれば、目を開けてその場所へと向かった。
暁が使用する“気配察知”のスキルと似ているが、
シノアリスが判別できるようにと、クスリミゴケの素材をくーちゃんに渡していたことで、くーちゃんは苦もなくクスリミゴケを簡単に採取することができたのだ。
そして
「グロォォォォ!」
「にゃにゃ!採取の邪魔はダメですよ、
背後から襲ってきたブラッディベアーに、くーちゃんは慌てることもなく呪文を口にする。
バチリと全身を感電するように電撃が走れば、ブラッディベアーは静かに転倒した。
既に感電死したブラッディベアーをくーちゃんは手早く収納袋へと納めた。
まだ解体の仕方を教わっていないため、くーちゃんは仕留めた魔物をすべて収納袋へと納めていたのだった。
「よし!あらかた安らぎの蜜花やクスリミゴも採取できましたし、そろそろ戻りますにゃ!」
くーちゃんは知らない。
シノアリスがくれた時間停止機能と容量制限が付与された桃色の巾着袋の所為で、ロロブス上流付近に生息していた安らぎの蜜花やクスリミゴが狩りつくされ。
また周囲を徘徊していた魔物の八割以上が、くーちゃんによって討伐されたことでロロブス上流付近の生態系が元通りになったことを。
****
本日の鑑定結果報告
・
既製品を複製できる魔法。
生物には使用が出来ず、また素材に使用すると品質が落ちてしまう。
光属性と金属製の混合魔法であり、それを再現できる者は魔術協会でも片手の数しかいないほど難しい。
決してポンポンと気軽に扱える魔法ではないので、そんな光景を目にした日には泡を吹いて卒倒するレベル。
・
風属性の魔法であり、魔力によって探索範囲が変わるもののわずかな魔力や属性などで判別できる魔法
魔力量によって範囲も異なり、また魔力の保有量によっては使い勝手が悪い魔法でもあるので使用する魔術師は少ない。
・
金属製の初級魔法“
どこぞの厄災二人組によりロロブス上流付近の生態系が狂ってしまったが、どこぞの助っ人により生態系が戻されました(笑)
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最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
この回のサブタイトルは“【急募】ツッコミ”です。
今回では沢山魔法が出てきましたが、コピー能力は私が欲しいスキルトップ3に入るスキルです。
これさえあれば、駄菓子やエビチリやラーメンなど食べ物が無制限で食べれるじゃないですか!!
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