今日は楽しいショッピング
「結局アンドレの奴、エウセビア嬢の提案に乗ることにしてたけど、本当に大丈夫かな」
「わたくしも心配ですわ。でも、もしお二人ともまだ婚約をしたくないのだとしたら、確かにあの方法しかないのかもしれないとも思ったの」
こんな話をしながら、僕とアデラインは、今、街中をぶらぶらと歩いている。
もちろん護衛は付いてるよ。少し離れてもらってるけどね。
今日は、息抜きを兼ねて屋敷を出て来たのだけれど、ちょうどアデラインも欲しいものがあったんだって。
だからまずは、そっちのお店に向かってるんだ。
そしてその後は、今日の目的である僕の買い物に付き合ってもらうつもり。
そう。
実は、アデラインに僕の服を見繕ってもらおうと思ってるのだ。
アデラインの好みはよく知っているつもりだけれど、それは主に彼女が着る服とか食べ物とか本とかの話。
だから今回は、僕の服をコーディネートしてもらう事で、アデライン好みの服装をしようと、そう思った訳だ。
たまには別のアプローチも考えないとね。
まずはアデラインの買い物を済ませて、そして満を持して向かったのは、某有名紳士服店。
礼服とか式服とかも勿論あるけれど、普段使いにもできる様な、ちょっとだけお高い服とかも売っているのだ。
護衛は店の入り口前に待機してもらい、さっそくニ人で中に入る。
「いらっしゃいませ。どのような品をお探しですか?」
「普段使いで着られるようなシャツやズボンを探しているのですが」
「それでしたら二階のフロアになります」
案内を受けて階段を上りながら、アデラインにそっと耳打ちする。
「約束通り、アデルが僕の服を選んでくれるんだよね?」
そこが大事なポイントだから。
アデラインはにっこりと笑って頷いた。
「勿論よ。わたくし、昨日からずっと楽しみに考えていたのよ? セスは何色が一番似合うかしらって」
「本当?」
昨日からずっと僕のことを考えていてくれたの?
その言葉に、思わず胸が跳ねた。
「ええ。セスは白が似合うわ。それに、きっと暖色系の色もよく合うと思うの。例えば伽羅とか檸檬とか、あと桜色も」
「暖色系か。あまり手に取った事がない色かな」
あまり自分の服装には頓着しないから、選ぶ色といえば白か黒か灰色の三択だ。
「絶対に似合う筈よ・・・ほら、鏡を見てごらんなさい?」
アデラインはラックに掛かっていた伽羅色の一着を手に取り、僕の首元に当てると満足そうに頷いた。
じっと見つめる視線に、顔が赤くなっていくのが分かる。
僕を見ている訳じゃ、ない。
ただ服が似合うかどうか、確かめてくれてるだけ。
そんなのよく分かってるよ。
なのに、それでも僕に注がれる視線が嬉しくて、浮かれそうな自分を懸命に落ち着かせる。
「こっちの色も、ほら。とても似合うでしょう? セスは心の温かな人だから、暖色系のこの色は貴方にぴったりよ」
「・・・」
狼狽えるな。
これはコーディネートの一環で、褒めてくれてるだけ。
他意はないんだから。
「装飾もあまり無い方がいいと思うの。セスはとても整った綺麗な顔立ちをしているから、シンプルにまとめた方が、貴方の美しさが際立つ筈よ」
「・・・」
誤解しちゃダメだ。
アデラインは天然だそ。
「ああほら、やっぱり。とてもよく似合ってるわ。きっと道ゆくご婦人方が皆、振り向くわよ。あの素敵な殿方はどなたかしらって」
「・・・」
ダメ、もう無理。
もう限界。
僕は頽れて床に手をついた。
「セス?」
無自覚なのが本当に困る。
「どうしたの? そんな・・・手で顔を覆ってしゃがみ込んで・・・どこか具合でも悪いの? もしかして無理をしていたのかしら?」
頭上から降り注ぐ焦った声に、ひっそりと息を吐き、火照った頬と胸打つ鼓動を必死で治める。
不意打ちもいいとこだよ。そんな。
そんな手放しで褒めるんだから。
ああもう。
心臓が止まるかと思ったじゃないか。
そうして僕は、アデラインお薦めの暖色系コーディネートを全て買い上げることに決め、今後は日々その組み合わせを実践することにしたのだった。
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