ちなみに



「ちなみにさ」


「何だ」


「あの時、アンドレが頭の中で考えてた病名って何だったの? ほら、仮病を使った時の」


「・・・」


「胸痛? それとも腹痛? まさかのゲ・・・」


「胸痛だ!」



腹を抱えて笑う僕に、アンドレは拳をぐっと握りしめながら、「一度死んでこい」と立ち上がる。



「全く馴れ馴れしいにも程がある。お前は侯爵令息、対する私は公爵令息だぞ?」


「はは、ごめんって。でもアンドレだって、いつの間にか僕のことを『お前』呼びしてたよね?」


「・・・」



そこでハタと気が付いたのか、静かになって腰を下ろした。



「・・・もういい。次はセス、お前の話を聞かせろ」


「へ? 僕の話、って何の?」


「お前がここに養子に来た時の話だ。アデライン嬢に何をしたのか洗いざらい吐け」


「僕のことを犯罪者みたいに言うのは止めてね?」



アンドレ語を解せるようになった僕は、君がそういうつもりで言ったんじゃないのはもう分かってるけど。



ぐうと口を噤むと、暫し考えてからアンドレは再び口を開いた。



「・・・アデライン嬢は、お前を信頼してお前の側では笑えるようになっていただろう。初めてここに来た日から、最初の誕生パーティまで、二人はどんな風に過ごしていたんだ?」


「うーん・・・」



初めて会った日、か。



お茶のカップを手で弄びながら、懐かしい記憶をほじくり返す。



「そうだなぁ。初めて会った日は、婚約者として挨拶した直後に呼び止められて、『邪魔はしないから好きな人と結婚しろ』みたいな事を言われてショックを受けたっけ」


「・・・ほう。さすがアデライン嬢、なかなか手強いな」


「うん。僕もちょっと傷ついちゃったから、距離を置こうと思ってたんだけど、すぐにそんな気が失せちゃったんだよね」



ここでアンドレが真顔になった。



「・・・それはどうしてだ?」


「アデラインが独りで寂しそうだったから」


「・・・ひとり?」


「ああ。朝も夜も、大きなテーブルにひとりでぽつんと食べてるんだ。ふと見ればサンルームでひとりで読書したり、サロンでぽつんとお茶を飲んだり・・・なんか、それ見てたら一緒にいてあげたくなって」


「・・・侯爵は・・・」



呆けたような声がセスの言葉を遮る。



「・・・」



本当だったら、貴族社会において家庭内の事情とかは話すべきではないのだろう。


噂や醜聞は、すぐに社交界で知れ渡る。


権力争いとか、派閥とか、足の引っ張り合いとかはよくある話だ。



だけど。


きっと、アンドレはそんな事には関わらない。



こいつがやるとしたら、如何にも分かりやすい真正面からの嫌がらせくらいだ。



そう、イチゴ水を頭からかけようとしたりとかね。



だからこそ、逆に僕はアンドレになら事情を口にしても大丈夫だと思ったんだ。



「・・・侯爵の姿はどこにもなかった。一緒に食事どころか挨拶もなし。話がある時は執事を通して言伝が来るくらいで」


「聞いていた姿とは随分違うのだな。父の話では、その・・・家族思いだったと」


「それも本当だと思うよ。仲良く寄り添ってる家族の肖像画とかも残ってるし」



僕はカップを置いて、ソファの背もたれに寄りかかった。



「でも、変わってしまった」


「・・・そのきっかけは、やはり・・・夫人の死なのだな」



アンドレは、ふむと頷くと、真面目な顔で僕にこう聞いた。



「それで? セス。お前はどんな魔法を使ったんだ?」



「・・・魔法?」



僕は、アンドレが使った言葉に驚いたんだけど。


でもアンドレは当たり前みたいに続きを促した。



「ああ。それに気付いてから、どんな風にアデライン嬢と一緒に過ごしていたんだ?」


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