第165話 断固として反対させていただきます

 エンシェントトレントが倒れ、危機が去ったと思っていたエルフたちに、新たな脅威が襲いかかっていた。


 枝葉がそれぞれ独立した意思を持って動き出したかと思うと、倒伏した本体から分離し、無数のトレントと化したのだ。

 さながら挿し木のように、無性繁殖してしまったのである。


「なんという数だっ!?」

「ま、まだ増え続けているぞ……っ! あの大量の枝葉が、すべてトレントになったら……」


 しかも新たな魔物となったのは、枝葉だけではなかった。

 エンシェントトレントの根もまた、一本一本が独自に動き始めてしまう。


 その先端に切れ目が入ったかと思うと、鋭い牙を有する口へと変貌したのだ。

 そうして気づけば、根っこの大蛇があちこちに出現している。


 無論まだ昆虫の魔物も数多く残っていた。


「ああ……今度こそ、終わりだ……」

「こんな数の魔物、倒せるはずがない……」

「ま、まだ諦めるのは早い! 我らのことは聖母様が見ていてくださっている! 再び奇跡が起こるかもしれない! 最後まで諦めずに戦うんだ……っ!」


 絶望的な状況の中、何とか気持ちを奮い立たせようとするエルフたち。

 と、そのときである。


「追跡型広域駆除魔法」


 空から現れた謎の人間の赤子が、竜を模した杖を掲げたかと思うと、そこから無数の光弾が放たれた。

 それが次々と枝葉のトレントや根っこの大蛇、それに昆虫系の魔物に直撃していく。


 まるで魔物だけを選んでいるかのように、光弾はすべてエルフたちを綺麗に避けていった。


「「「……は?」」」


 信じがたい光景に、彼らはただ呆然と立ち尽くすしかない。


 やがて光が完全に収まったとき、魔物は一体残らず動かなくなっていた。


「な、なぁ……私の見間違いでなければ、あの赤子から光が発せられていたように見えたのだが……」

「……右に同じだ」

「ということは……」


 ここに至って、ようやく彼らは、自分たちを助けてくれたのはこの赤子ではないかと思い始める。

 先ほどの隕石も、ちょうど赤子が現れたタイミングで降ってきたものであり、無関係と考える方が難しい。


「聖母様……じゃなかった……?」


 とそこへ、空から新たな人影が降ってくる。

 それは彼らエルフもよく知る少女だった。


「みんな! 無事ですか!?」

「「「リューナ!?」」」


 里を救うため、人間の力を借りるといって出ていったエルフの同胞である。


 彼らの中には人間嫌いも多い。

 そのためこの里の場所が人間に知られることを忌避して、大勢が反対したのだ。


 だが彼女は周囲の反対を押し切って、勝手に里を出ていってしまったのである。


「戻ってきたのか……」

「……なんで空から?」

「というか、空飛べたっけ……?」



   ◇ ◇ ◇



「まさか、あんなふうに繁殖できるとは思わなかったな」


 幹を隕石二発で圧し折り、エンシェントトレントを倒したかと思ったら、その身体から無数の魔物が大量発生してきたのだ。

 さすがの俺も少し驚いたが、すぐに広域駆除魔法を使って殲滅してやった。


『以前、ゴブリンの群れに使ったときと比べて、随分と威力が上がりましたね』

『ふふん、赤子の成長は早いだろう』

『マスターを赤子のカテゴリーに入れることには、断固として反対させていただきます』


 それはそうと、エルフたちがさっきから言っている「聖母様」とは何のことだろう?


「聖母様……じゃなかった……?」


 どこからどう見ても可愛い赤子だぞ。

 とそこへ、空からリューナが降ってきた。


「みんな! 無事ですか!?」

「「「リューナ!?」」」


 リューナは地上に降り立つと、俺のところに駆け寄ってくる。


「ありがとうございました! まさか、本当にたった一人で、しかもあんなに簡単に里の危機を救ってくださるなんて……」

「それより、ギリギリ間に合ってよかったね、お姉ちゃん」

「は、はい。普通に移動していたら、里がなくなっているところでした……」


 しばらくポカンとしていたエルフたちだったが、その中の一人が恐る恐る口を開いた。


「リューナ……その変な人間の赤子とは……知り合いなのか……?」


 変なとは失敬な。


「ええと……紹介しますね。Aランク冒険者のレウスさんです。急な依頼にもかかわらず引き受けて下さって、はるばるこの里まで来てくれました」

「ぼ、冒険者!? その赤子が……?」

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