第148話 二度と我が主に手を出すな
真夜中のことだった。
ベガルティアでも有数の高級宿の近くに、怪しげな人影が集まっていた。
「この宿に泊まっているというのは本当だな?」
「ええ、間違いありません。パーティを組んでいるという冒険者とともに、この宿の一室を借りているようです」
「この時間だ。すっかり寝静まっているはず」
「はい。さらに睡眠魔法をかければ、朝まで起きることはないでしょう。……馬車はいつでも出発できるようにしてありますので」
彼らの正体は外でもない、ブレイゼル家の面々である。
その中でも隠密系の魔法を得意とする者たちが、建物に侵入していくのを見送りながら、メリエナが不満げに呟く。
「最初からこうすればよかったのですわ」
「そう言うな。まさか冒険者の奴らがあそこまで厄介だとは、思ってもみなかったのだ」
「……」
「何より、あのレウスの力。やはり前世が大賢者だというのは間違いない。是が非でも連れ帰らなければならん。もし我が一族に大賢者の生まれ変わりが現れたとなれば、もはや何も恐れるものなどない。これまで長年にわたって、あのような辺境の地の守護などという不相応な役目に押しやられてきたが、ついに我々の力を国中、いや、世界に示すべきときがきたのだ!」
そう高らかに語るガリアのすぐ近くで、ドサドサッ、と何かが落ちてくるような音が響いた。
「む? 何の音だ? っ……こ、これは……っ!?」
音がした方へと視線を転じた彼は、思わず息を呑んだ。
地面に人が転がっていたからだ。
しかも目を凝らしてよく見てみれば、先ほど建物内へと侵入していった配下の魔法使いたちである。
「い、一体何が……」
「グルルル」
「~~~~っ!?」
頭上から響いた獣の唸り声。
恐る恐る見上げた彼が見たものは、信じがたいほどに巨大な狼だった。
夜の闇の中にあって、なお光り輝く銀色の毛並み。
ともすれば見惚れてしまいそうになる美しさだったが、それ以上にその魔物が全身から放つ威圧感に気圧され、ガリアはその場に膝を折った。
「あ、あ、あ、あ……」
もちろん彼だけではない。
彼の妻も配下の魔法使いたちも、例外なく言葉を失い、ただただその場に膝を突くことしかできない。
その巨大な狼の頭が、ゆっくりとガリアの近くまで降りてくる。
このまま食われて死んでしまうのか、そう絶望した彼だったが、次の瞬間、予想外の事態に見舞われた。
「……え?」
その狼が、口の端で彼の身体を持ち上げたのだ。
ちょうど下半身だけが、挟まっているような状態である。
「ひぃっ!?」
反対側から妻の悲鳴が聞こえてきた。
どうやら逆側で、同じように狼に咥えられてしまったらしい。
二人に成す術などなかった。
抵抗したところで無駄だと本能で理解していたし、配下の者たちも動くことができない。
直後、全身に凄まじい負荷がかかった。
だが噛み潰されたわけではない。
狼が二人を口に挟んだまま地面を蹴ったのだ。
「「~~~~~~~~~~~~っ!?」」
あまりの加速度に、身が引き千切れそうになってしまう。
さらに狼が跳躍し、宙を舞った。
街を取り囲んでいた城壁を飛び越えようというのだ。
「「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」
二人の口から絶叫が轟くが、狼は何事もなかったかのように地面に着地した。
さらにそのまま猛スピードで走り続ける。
「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」
巨大狼の疾走は夜通し続いたのだった。
朝。
もうすっかり叫び疲れて、ぐったりしていた二人の目に飛び込んできたのは、朝の陽光に照らされる見慣れた城壁だった。
遠くには魔境の森が見える。
どうやらブレイゼル家が治める街へと戻って来たらしい。
ここまでずっと走り続けてきた狼が足を止めた。
ぽいっ、と近くの地面に二人そろって放り投げられる。
「グルルルルル」
「「ひいいいっ!」」
『二度と我が主に手を出すな。次は噛み殺す』
どういうわけか、二人の頭に、この恐ろしい魔物のものと思われる考えが伝わってきた。
ガクガクガクガクガクッ!
二人そろって必死に頭を縦に振りまくる。
『……約束したぞ』
満足したのか、巨大狼がゆっくりと踵を返す。
そうして二人に尻尾を向けると、また猛スピードで来た道へと引き返していったのだった。
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