第130話 やはり幻覚に違いない

 私の名はバザラ。

 Aランクのソロ冒険者だ。


『ベガルティア大迷宮』深層への挑戦を終え、無事に地上に戻ってきた。

 しかし命懸けの冒険を超えて、ホッとしたのも束の間、私の前に突如として凶悪な魔物が現れたのだった。


「何でこんなところに……まだダンジョン内にいるわけではないよな……?」


 もしかしたら、また何か幻覚でも見ているのかもしれない。

 六十階層に辿り着いた私が、すぐに引き返すことを決意したのも、赤子の幻覚を見たせいだ。


「どうやら思っていた以上に疲れているようだ……。いや、しかしあれが本物だとしたら、マズいことになるぞ……」


 今この場で、あの魔物とやり合えるのは恐らく私だけ。

 私は覚悟を決めると、剣を手に取り、窓から飛び降りようとした。


 だがそのとき私は見てしまう。


 漆黒の狼のすぐ目の前。

 そこに、どこかで見たことのある赤子の姿があったのだ。


 狼と比べてあまりにも小さく、すぐには気づけなかったのだろう。


「しかもあれは……六十階層で見たあの赤子……?」


 困惑と共に呟いた次の瞬間、魔力の光が弾けたかと思うと、その赤子と漆黒の狼が姿を消していた。


「……き、消えた?」


 後には魔力の残滓が残るだけ。

 私はしばし呆然とその場に立ち尽くしてから、


「はは……やはり幻覚に違いない。どうやらこれは長期の休みが必要なようだな……」



    ◇ ◇ ◇



 俺はかーちゃんの頭の上に乗って、ベガルティアの街から魔境の森へと飛んだ。


『……何であんたまで付いて来れるんだい?』

『逆召喚っていうちょっとした応用技術があって、それを使えば召喚獣が元の場所に戻る際に、術者も一緒に付いていくことができるんだ』

『そうかい。まぁ、今さらあんたが何しても驚きはしないけどね』


 ただ、ベガルティアに戻るときには同じ手が使えない。


 ちなみにファナとアンジェは街に置いてきた。

 足手まといになりそうだからというのもあるが、逆召喚で二人を連れて行くとなると、魔力の消耗が大きくなるせいだ。


 これから戦おうというときに、あまり魔力を消費したくなかった。


「「「がうがうがうがうっ!」」」


 そこへ漆黒の狼たちが勢いよく駆け寄ってくる。


「おおー、また大きくなったね!」

「「「がうがうがうがうっ!」」」


 仲の良かった子狼たちだ。

 もうすっかり成獣になったようで、顔つきが精悍になり、鳴き声も重々しい。


 全長だって三メートルを超えている。


『あんたたちはもうデカいんだから、登ろうとするんじゃないよ。重たいだろう』


 かーちゃんの頭の上にいる俺のところまで来ようとして、雑に振り払われる子狼たち。

 俺も飛び降りてじゃれ合いたい気持ちはあったが、今はそんなことをしている場合じゃない。


「戻ってきたら遊んであげるから」

「「「がうがうがうがうっ!」」」


 俺は森の北西へと視線をやった。


『あっちの方だね』

『分かるのかい?』

『うん。めちゃくちゃ大きな気配がある。これは確かに化け物っぽいね』

『引き返すなら今のうちだよ』

『大丈夫』

『……なら、振り落とされないようにしてるんだよ!』


 かーちゃんが地面を蹴って走り出す。

 お尻の辺りに乗っかっていた子狼が振り落とされ、「ぎゃう!」と悲鳴が上がる中、かーちゃんは猛スピードで森の中を駆けていく。


 途中、かーちゃんに追従するように、狼たちが集まってきたが、


「ワオオオオオオオオオオオオンッ!!(あんたたちは来るんじゃないよ!!)」


 と咆えられて、ビビったように次々と足を止めていった。


 しばらく進んでいると、前方から必死に走ってくる巨体と何度もすれ違うようになった。


『トロルだ』

『この辺りは奴らの縄張りなのさ』

『好戦的な連中なのに、尻尾を巻いて逃げ出してるね。こっちに気づいても全然来ないし』

『それだけ恐ろしい相手ってことさね』


 そして段々と足元に転がるトロルの死体が増えてくるようになった頃、ついに俺たちはそいつと遭遇したのだった。

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