悪意と呪いと優しさと

クラスの人達とお出かけ

葉月くんが転校してきてから一週間。転校生が注目を浴びる期間は終わって、クラスも今まで通りの雰囲気に戻っている……なんてことはありません。

「ねえねえ、葉月くんは休みの日、何してるの?」

「今日放課後みんなで遊びに行くんだけど、葉月くんも行かない?」

「どういう女の子がタイプか教えてー!」

今日もまた、葉月くんの机の周りには、女子がむらがっています。一週間経っても、未だにこんな感じなのですよ。

「休みの日は、どこかに出掛けることが多いかな。放課後はゴメン、今日は用事があるんだ。だけど、誘ってくれてありがとう。また今度、一緒に遊びに行きたいな。好きな女の子のタイプは……ふふ、秘密だよ」

口元に人差し指を立ててイタズラっぽく笑うと、キャーっと歓声が上がります。

ふん、なに格好付けてるんですか。きっと女の子にチヤホヤされて、気を良くしているんでしょうね。

今の葉月君を見てると、何故かムカムカするから不思議です。

けどそんな私の周りも、彼が来てから変化が起こっているのですよね。

「ねえ、水原さんって、葉月くんのことよく知ってるんだよね。幼なじみってやつ?」

「今朝一緒に登校してたよね。ひょっとして付き合ってるの⁉」

こんな風に、声をかけられることが多くなったのですよ。

少し前までは一人でいるのが当たり前だったのに、私の机の周りには数人の女子が集まっています。

「べ、別に付き合ってなんかいません。一緒に来たのは、朝たまたま会っただけです」

そう、本当にたまたま。アパートの部屋を出たところで鉢合わせしてしまっただけ。

けどどうやら彼と私みたいな地味っ子が一緒にいるのはおかしいみたいで、登校中は多くの視線に悩まされました。次から、気を付けないと。

「あたし、前から水原さんとお話ししてみたかったの。今日は一緒にお昼食べよう」

「は、はい……」

突然のお誘いに何とか返事をしながら、心の中で思う。

『前から』というのは、葉月くんが来てからですよね?

葉月君が来てから、私のクラスでのポジションは、彼のオマケになっていました。


◇◆◇◆


「お昼ご一緒できなくて本っっっっ当にごめんなさい!」

放課後。チャイムが鳴ったと同時に教室を飛び出した私は、椎名さんのクラスに行って、全力で頭を下げました。

「いや、そんな謝らなくても、別に約束してたわけじゃないし。って、まずは頭上げて。みんな見てるから!」

とりあえず、場所を廊下へと移します。

彼女の言う通り約束はしていませんでしたけど、最近はお昼を一緒に食べるのが当たり前になっていました。

だけど今日はクラスの女子からの誘いを断りきれずに、行くことができなかったのです。

「気にしてはいないけど、連絡が取れた方がいいよね。スマホの番号教えてよ」

「はい、こちらになります」

考えてみたら、親戚やお仕事関係以外で番号登録なんて、これが初めてです。

「それにしても知世、急に人付き合いよくなってない?」

「葉月君のついでで、声をかけられるだけです。現に今日のお昼だって、皆口を開けば葉月君葉月君でしたし」

「そんな卑屈にならなくても。まあ、葉月くんはたしかにイケメンだし、うちのクラスでも良いなって言ってる子は多いけどね。うかうかしてたら取られちゃうかもよ」

「と、取られるって。私は別に葉月君が誰と仲良くしようと、ぜんっぜん構いませんから!」

葉月君が女の子相手にデレデレしようと、誰かと付き合おうと、私には関係無いことです。

あ、でももしそのせいで、祓い屋の仕事に影響が出たら? 

やっぱり、少しは気にした方がいいのかも。あくまでお仕事のために、ですけど。

「なになに、俺の話?」

「ひゃあっ⁉」

噂をすれば影。いつの間に来たのか、ポンと頭に手をのっけてきたのは、葉月くんでした。

「ふふふ。今知世と、葉月くんが格好良いなーって話をしてたの」

「してません! 私は葉月くんなんて全然、全く、これっぽっちも格好良くないって、心の底から思っています!」

「……トモ、俺泣いてもいいかな?」

ガックリと肩を落とす葉月くん。う、少し言い過ぎたかもしれません。

「まあいいけどさ。それはそうと、これからヒマ? 少し付き合ってくれないかな」

今からですか? まあ仕事も入っていませんし、構いませんけど。すると何故かそれを聞いた椎名さんが、目を輝かせる。

「え、ひょっとしてデートの誘い?」

「へ? デ、デデデ、デート!? そ、そそそそんなわけないじゃないですか!」

「だったら良かったんだけどね。松木さん達のグループから、遊びに行かないかって誘われたんだ。トモも一緒にって」

……ああ、そう言うことですか。

松木さんというのは目立つタイプの、クラスの中心にいる女の子。だけど私は今まで、彼女と話したことがないのですよね。

なのにそんな私を、どうして誘ったりしたのか。答えは簡単。

「私は葉月君のオマケってことですか? 別に邪魔者なんて呼ばずに、自分達だけで行ったらいいじゃないですか。そうしたら葉月君も遠慮なく、松木さん達と仲良くできますよー」

「なにもそんな言い方しなくても。あ、ひょっとしてヤキモチ?」

「違います! これ以上からかったら、事務所にコンビ解散を申請しますよ!」 

「ははっ、それだけは勘弁。けど真面目な話、理由は何であれ、トモにとっても良い機会じゃないの? クラスに友達いないのは、さすがにどうかと思うよ」

う、痛いところをついてきます。ええそうですよ、学校で話す相手は、椎名さんくらいです。

するとその椎名さんが。

「あたしも賛成。せっかくなんだし、行ってきたら。誘った理由はともかく、案外楽しいかもよ。ああ、娘を送り出す親って、こういう気持ちなのかな?」

「椎名さんはいつから、私のお母さんになったんですか?」

けど一理あります。このコミュ症はどうにかしなきゃって、悟里さんにも言われましたし。

「では、よろしくお願いします」

「了解。後で松木さんたちに伝えておくね」

返事をしたはいいですけど、そういえば何をして遊ぶのでしょう?

今まで放課後は祓い屋として活動するか、家で勉強するかでしたから、まるで想像がつかなくて。不安が半分、わくわくが半分です。


◇◆◇◆


やって来たのは、カラオケ店。メンバーは私と葉月くんの他に、発案者である松木さんを含む女子が三人います。

スタッフさんに案内されて部屋に通されたは良いですけど、どこに座れば良いのかも分からずに。佇んでいると、松木さんが声をかけてきます。

「水原さん、何突っ立ってるの? 早く座りなよ」

「は、はい。ええと、カラオケでも上座や下座ってあるのでしょうか?」

「ははは、何言ってるの? 水原さん、意外と冗談うまいね」

「は、はあ……」

とりあえず椅子の隅っこに腰を下ろすと、反対側に座った葉月くんが、『上手くやりなよ』と目で訴えかけてきます。

もう、あなたは私の保護者ですか? 私は小さな子供じゃありませんよ。

「水原さんは何歌う? 好きな曲入れていいよ」

「あの、実はカラオケに来たのは初めてで、勝手がわからないので後で良いです」

「あ、そうなんだ。じゃあ、もしかして葉月君も初めて?」

「俺は向こうにいた頃に何度か。曲入れていい?」

四角い機械を、慣れた手つきで操作する葉月くん。すると私でも何となく聞いた事のあるような曲が流れはじめたのですが、途端に松木さんが立ち上がりました。

「あ、この曲あたしも得意なの。デュエットしていい?」

「いいよ、一緒に歌おう」

二人してマイクを手に取り、きれいな歌声を響かせます。

それからみんな代わる代わる歌っていって。私も一曲歌いましたけど、自分でも音程を外してるってわかりました。

「聞き苦しくてすみません。歌は苦手なのです」

「あー、別にいいよ。そういやさ、あたし達カラオケの様子をSNSにアップしようって思ってるんだけど、水原さんもどう?」

「ごめんなさい、SNSはやっていなくて。そもそもカメラの使い方も知らないのですけど」

「水原さんって、本当に令和の人? 昭和からタイムスリップしてきたんじゃないの?」

それに近いです。小学校の途中からコンビニも無い山奥の集落で暮らしていて、スマホを持ったのも今年に入ってから。しかも通話以外の機能はほとんど使った事がないのですから。

「試しに自撮りしてみたら? ほら、髪もこうやって整えたら、写りがよくなるよ」

松木さんに髪をいじられ、自撮りの方法を教わって、パシャ! 

わ、ちょっと髪を分けただけで、表情が明るく見えます。松木さん、本当に色んなことを知っていますね。

「へえ、トモってばよく撮れてるじゃない。可愛いよ」

「ちょっと、勝手に覗き込まないでください。あと、近いです」

グイッと寄ってきた葉月君の頭を、慌てて押し退ける。この人は距離が近すぎて困りますよ。

「二人とも仲いいね。それにしても自撮りのやり方も知らないなんて。水原さんって、何にも知らないのね。……笑えちゃう」

私達を見ながら、にいっと目を細める松木さん。

けど、何でしょう。今一瞬、寒気がしたような……。

「さ、次の曲入れよっか。葉月くん、もう一回デュエットして~」

猫なで声を出しながら、葉月くんの腕に自分の腕を絡める山本さん。

さっきの寒気は、きっと気のせいですね? せっかく来たのですから余計なことは考えずに、歌を聞きましょう。

そうして二人のデュエットに耳を傾けましたけど、つい集中しすぎて。

いつの間にかスマホに次の仕事の連絡が入った事に、しばらく気づきませんでした。

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