第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

第77話旅立つ妖精剣士(*ジェスタ視点)


 もしも、あの時こうしていれば……


 もしも、あの時こうなっていれば……


 もしも、あの時、彼の側にいたのが自分だったならば……


 これは可能性の物語。


 数多の時の中で複雑に分岐し、そして至ったもう一つの物語。


 時は黒の勇者が姿を消し、仲間達から引き裂かれてからへ戻る……



⚫️⚫️⚫️



「最近のてめぇは気合が足りてねぇんだよ! もっとしゃきっとしやがれ!」

「す、すまない……」


 アンクシャに胸ぐらを掴まれ、三姫士のリーダーであるジェスタ・バルカ・トライスターは弱々しい声で謝罪を述べた。


「アンクシャ、止める! 我らがここで争うことこと無駄! 誰も喜ばない!」


 デルタに止められ、アンクシャは突き放すようにジェスタを解放する。


 アンクシャの怒りは最もだった。

 先程の闇飛龍の大群との遭遇戦でサブリーダーであるジェスタは的確な指示が出せなかった。

故に戦いは長引いてしまい、命の危険すらあった。

ぼぉっとしてばかりで、ジェスタはサブリーダーとしての仕事を全くこなせていなかった。


「僕はな、別にてめぇの指示に従う気なんてさらさらねぇんだ! だけどお前がサブリーダーだから、バンシィがそう決めたから従ってやってるだけだ! まともに職責を果たせねぇならサブリーダーなんて辞めちまえ! またジャハナムにでも引き篭もってろってんだ!」

「アンクシャ、それは言い過ぎ! ジェスタへストレスを向けるのはおかしい!」


 再度デルタに叱責され、アンクシャは罰が悪そうな顔をした。


 もはやアンクシャやジェスタ、止めに入ったデルタでさえ限界を感じていた。


 ほとんど役立たずの白の勇者ユニコン、相変わらず好き勝手に無理難題を押し付けてくる対魔連合……なによりも、彼女たちの拠り所であった黒の勇者バンシィの突然の消失は、三姫士達へ想像以上の悪影響を与えていた。


「皆、すまない……本当に!! 本当にすまない!!」


 ジェスタは地面へ平伏し、謝罪を叫ぶ。

 ダメな自分への情けなさで一杯の彼女は岩のように微動だにしない。


 そんな彼女へ、バンシィの妹弟子 盾の戦士ロトが歩み寄ってゆく。


「ジェスタさん、頭をあげてください」

「ロト……?」


 いつもとだいぶ雰囲気の違うロトにジェスタは戸惑いを覚えた。

この静けさはまるでバンシィと同質の、それ以上の何かを感じつつ。


「提案です。少し戦いから離れて、お休みになってはいかがですか? このままですと私たちは……いえ、ジェスタさんの心が心配です」

「その……私は解任、ということか?」

「違います! そんな意味ではありません!」


 妙に強いロトの語気に、ジェスタは思わず背筋を伸ばす。


「苦しそうなジェスタさんを見ていられないです! 私やみんなにとってジェスタさんは大事な方です! だから今は少しでも休んで、気持ちを落ち着けて欲しいんです!」

「……」

「おい、引き篭もり……ジェスタ、さっきは悪かったよ」


 アンクシャもジェスタへ屈み込んで肩を叩いた。


「やっぱさ、僕はおめぇと毎日ギャンギャン言い合いたいんだ! 今のジェスタだとなんかつまんねぇんだよ」

「アンクシャ……」

「しっかり休んでこい! その間はこの僕とデルタがお前の分まで頑張ってやっからよ!」


 喧嘩っ早く、口も悪い。

 いつも言い争いをしてばかり。だけどもジェスタはそんなアンクシャとの関係が案外気に入っていた。

生まれて初めて、本音を言い合える、本当の友達だといえた。


「ありがとうアンクシャ……」

「だからそんなしおらしいのジェスタっぽくねぇっての!」

「ふっ……そうだったな……ならばゆっくり静養した後、礼はきっちり返させてもらう!」

「へっ、そうこなくっちゃ!」


 ジェスタとアンクシャは互いに拳を打ちつけあって、互いの存在を確認し合う。


「みんなありがとう。バンシィがいない中、私まで離脱してしまい申し訳ない。しかし、私は必ず帰ってくる。約束する!」

「ははっ! 別に戻って来なくても良いぜ! その分僕が大活躍して、おめぇなんて日陰の存在にしてやるぜ!」

「言っていろ! それではみんな! しばらくよろしく頼む!」


 かくして妖精剣士ジェスタは白の勇者一行を離れた。

そして従者達とともに、かつて自分の暮らしていたバルカポッド妖精共和国の辺境ジャハナムへ戻ってゆく。




 仲間達の信頼を受け、旅立ちの初めこそは元気のあったジェスタ。

しかし時間が経つにつれ、やはり暗い気持ちが彼女の心へ重くのしかかってくる。


(バンシィ……君はいったいどこにいるんだ? 今はなにをしているんだ……?)


 ジェスタは馬車の車窓から、流れゆく夕暮れの田園風景をみつつそう思う。


 バンシィさえ勇者のままだったら、みんなも、自分もこんな思いをしなくて済んだのではないか。

 全てうまくいっていたのではないか。


 たとえ聖剣の加護によって、自分の思慕がバンシィに届かないと分かっていようとも……一緒に過ごせる時間さえあれば。

たったそれだけで……


「うわっ!? な、なんだ急に!?」


 馬車が急停車し、ジェスタは馬車を操作していた次女の【シェザール】へ何事か、と問いた。


「も、申し訳ございません姫様! 突然、人が飛び出してきまして」

「引いてしまったのか!?」

「いえ、そうではないのですけど……倒れたままで……」

「なら早く助けてやらないか!」


 ジェスタは遮二無二馬車から飛び出す。

 そして馬車の前に倒れ込む少女を抱き上げた。

 身なりはボロボロで、大荷物を背負っている。

おそらく旅人なのだろう。


「おい、しっかりしろ! おい!」

「うう……ヘイム……」


 明るい服装の少女が何かを呟いた。

どうやら長旅でかなり疲弊してるらしい。


「ヘイム、がどうかしたか?」

「私を、ヨーツンヘイムまで、連れってください……」

「君はスーイエイブ州の人間だな? どうしてそんな王国の端から端まで……?」

「お願いします……私をヨーツンヘイムまで……」

「姫様、いかがなさいますか?」


 シェザールの問いが降ってくる。

 ヨーツンヘイムはバルカポッド妖精共和国との国境線に隣接している。

更にジェスタの目的地であるジャハナムへ向かうためには、必ずヨーツンヘイムを通ってゆく。


「いかがも何もこうして出会ったのも何かの縁だ! まずは彼女の手当を!」


 ジェスタの指示を受け、シェザールをはじめ、密かに護衛していた護衛隊が姿を表し準備を初めてゆく。


「必ず君を無事ヨーツンヘイムまで連れてゆく。安心してくれ」

「ありがとうございます……」

「君の名前を教えてもらえるか?」

「リゼル……です……」

「私はジェスタ・バル……いや、ジェスタというもので、同じく旅のものだ」


 この出会いがジェスタの運命さえも左右してしまうなど、この時の彼女は微塵も感じていなかったのであった。



●●●



「ボルとオッゴによる木材の空輸は大成功か。いいぞ、この調子で……」


 ヨーツンヘイムの新たな山林管理人は、計画がうまくいったことを喜んでいた。


 彼の名はノルン。元黒の勇者バンシィである。

 勇者のクビになった彼ではあったが、ここヨーツンヘイムに新たな居場所を得て、いまでは気楽な一人暮らしを満喫している。


(さて、そろそろ買い物にでも出るか。今夜は何を作ろうか……)


 ノルンは呑気のそんなことを考えつつ、麓の村へ向かっていった。


 緑豊かなネルアガマ王国の辺境ヨーツンヘイム。

 長閑で、静かな、超がつくほどのど田舎。


 しかし今日の麓の村はいやに騒然としていた。


 診療所の横に、見慣れない豪奢な馬車が止まっていたからである。


(随分と立派な……どこかの高貴な身分の輩がきているのか? しかしこんな田舎にどんな用事が……)


 気にはなる。しかし首を突っ込むほどのことでもない。

 ノルンは馬車を視界から外すと、その先へある商店へ向けて歩き出す。

今日は肉屋の特売日で、ポークオークの肉が激安である。これを逃す手はない。


「ん……?」

「あっ……!」


 突然診療所の扉が開き、そこから出てきた妖精と視線が交わった。




*告知しました通り、数カ月間は週2~3回の更新になります。

ご理解ください。ちなみにこの【ジェスタ編】は執筆済みです。

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