嬢2話 悪役令嬢への道 2

 華やかな戦場、それが貴族達の好きな社交界です。豪華絢爛の大広間を使って、それぞれの武器を振りかざす。人間が優雅の中に見いだした遊び、文字通りの醜悪な遊びです。彼等は自分の身分や血統、身なりの良し悪しなどを競って、相手に見えない上下関係を付けます。そうするのが、社交界での決まりだから。自分の自尊心を満たす、唯一無二の手段だから。彼等は(自身の本心はどうであれ)決められた常套句の中に皮肉を、相手への敬意に悪態を混ぜて、このつまらない遊びに力を注いでいました。私の周りを取りまいている少女達もまた、そんな遊びに片足を突っ込んでいる人達です。

 

 彼女達は虚栄心の充足こそが大人であり、猜疑心の発達こそが「成長」と思っていました。「自分の周りにいる人達は、その全員が好敵手である」と。その両親だか家庭教師だかから聞いた教えを鵜呑みにして、「素敵な貴婦人になろう」としていたのです。そんな物には決してなりたくない、この私を巻きこんで。今夜も、虚栄心の若葉を育てていました。私は、その若葉にウンザリしました。若葉のそれ自体は、赤ん坊のようであっても。言葉の端々に喧嘩を売られては、堪ったモノではありません。どんなに「楽しくしよう」と努めても、一気につまらなくなってしまいます。一人の時なら別にどうでもいい世間話も、ここでは見えない刃になっていました。「はぁ……」

 

 私は周りの少女達にそれらしい嘘を言って、彼女達の前からそっと離れました。彼女達とこれ以上一緒にいたら、流石に疲れてしまいます。気に入らない人の悪口や噂話で盛りあがる、彼女達と一緒にいたら。私は長椅子の上に座って、遠くから彼女達の事を眺めはじめました。


「はぁ……」


 また、溜め息です。と言うか、溜め息ばかりが出ます。毎週のように催される社交界。社交界の費用は国から出ていましたが、そこに着ていく衣服や馬車などの移動費はすべて実費でした。封土の平民達が必死に働き、そして、納めてくれた税金。それを惜しみなく使って、今夜のような社交界を開いているのです。まるでそう、何かに取り憑かれたかのように。この世の憂さを忘れるかのように。あらゆる良心を捨てて、その集まりを楽しんでいました。


 私は、その光景に胸を痛めました。「この世は、あまりに理不尽すぎる」と、そう内心で嘆いていたのです。会場の外では、「冒険者達がモンスターと命懸けで戦っている」と言うのに。ここの人達は(私も含めて)、テーブルの上には豪華な料理を、大広間の中には綺麗な装飾を、床の上には荘厳な大理石を敷いて、この醜い遊びに興じている。それが無性に許せなかった。それをどうする事もできない、自分自身も悔しかった。私は己の義憤に震えながらも、それをどうする事もできないまま、長椅子の上に座って、会場の中をぼうっと眺めていました。


 会場の中は、ますます賑わいました。上品な印象のある社交界ですが、その実は下劣な話(いわゆる、「下ネタ」と言う奴でしょうか?)が飛びかう酒場と同じでした。特にお酒の回った人達は、酷い。素面の状態ではまだマシですが、その頭にお酒が回ると、人間の叡智をすっかり捨てて、太古の昔に戻ってしまいます。つまりは、原始の人間に。「官能」と「快楽」が最大の娯楽だった、文字通りの先史時代に。私と話していた先程の少女達も、私の事などすっかり忘れて、自分の男性趣味をペチャクチャと喋っていました。


 私は、その内容に耳を覆いました。その内容が嫌いだったからではありません。その話し口調が、あまりに下品だったからです。「年頃の少女が話す」とは思えない、とても下品な内容。下の欲求が、露わな話し方。彼女達は平気な顔で、初心な男性が聞いたらすぐに倒れそうな話を永遠と語っていました。



 もう、それしか言えません。本当に「気持ち悪い」と思った以上は、それ以外の言葉が浮かんでこないのです。私は胸の不快感に苛立ちましたが、ある少年に「こんな所にいたんだね?」と話しかけられると、今まで以上の不快感を覚えて、長椅子の上から思わず立ち上がってしまいました。「気分がちょっと優れないので、申し訳ありません」


 少年は、その言葉に眉を寄せました。寄せましたが、反応はそれだけです。それ以外の反応は見せず、私の様子を無視して、私に自分の自慢話(私は、そう呼んでいます)を話しはじめました。「まったく困ったよ。みんな、僕を自由にしてくれなくて」と言う決まり文句を添えて。彼は自分が国の第一皇子である事、そして、私との婚約に乗り気である事を見せつつも、表面上では皇子の体面を守る意味で、自分に言いよる女達を「やれやれ」と罵っていました。


「本当に困ったモノだよ。僕は、君だけの物なのに」


 う、ううう、また気持ち悪くなりました。彼はこう言う人間、つまりは自己愛者です。自分は誰よりも優れ、また同時に「美しい」と思っている。それがたとえ、本人の勘違いだとしても。本人は「それ」を頑なに信じて、周りもなぜかそう信じていました。だから、私の事を羨む人もいる。ああして、遠くから私達の事を眺める人もいる。肝心の「私」と言えば、本当に勘弁願いたいですが。仕方ありません、これも家の慣わしです。彼との婚約が、家の繁栄に繋がる事も。だからこうして、その言葉にも「本当に困ったモノですね」と答えるしかない。


「まったく……。それよりも」


「はい?」


「君の父上が、面白い事を考えたらしいよ?」


「面白い事?」


「ああ。大広間の真ん中に君を連れていって」


「つ、連れていって?」


「『例の儀式をやろう』ってさ。血の変化を見る、を」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る