第76話 悪魔の気配、燃えあがる闘志 5

「い、いいの?」

 

 ようやく出てきた答えは、それ。残りの少女達からも意見を聞いて、その内容をまとめた言葉だった。スウェンテさんは真剣な顔で、俺の目をじっと見かえした。


「本当に?」


「もちろん」


 これが、俺の答え。仲間達の答えも複雑そうな顔ではあったが、一応は「いいよ」とうなずいてくれた。「また、変なギルドに入ったら大変だからね。このギルドは一応、安全だから」


 俺は「一応」の部分に首を傾げてしまったが、「まあ、深い意味はないだろう」と思いなおして、彼女の目をもう一度見なおした。彼女の目は、その涙で潤んでいる。


?」


 スウェンテさんは、その言葉に喜んだ。いや、「よろこんだ」と言った方が正しいかも知れない。歓喜のような声で俺に抱きついてきた様子からは、周りの声などかきけしてしまう程の喜びが感じられた。彼女は満面の笑顔、少しの赤みを帯びた顔で、俺の身体を抱きしめつづけた。その感触が少し固かったのは、俺だけの秘密である。


「うん! これからもよろしく、ゼルデ!」


 突然の呼びすてだが、別に悪い気はしない。それどころか、ある種の親近感さえ覚えてしまった。仲間の少女達からはまた、「」と言われてしまったけれど。スウェンテさんがあまりに嬉しそうなので、その声をすっかり聞きながしてしまった。俺は彼女の身体を放して、その顔をじっと見かえした。彼女の顔はやっぱり、嬉しそうに笑っている。


「こちらこそ、よろしく。スウェンテさん」


「ビアラでいいよ?」


「あたしも、『ゼルデ』って呼んでいるんだから」


「分かった。なら、改めて。よろしく、ビアラ」


「うん!」


 そこに割りこんだのは犬耳少女こと、カーチャだった。彼女は主人の手を引いて、俺の前にサッと進みでた。


「わたしの事も、『カーチャ』って呼んで! この子の事も」


 ご主人様、ではないのか。その立場こそ従者ではあっても、それだけ主人との関係が深いのかも知れない。カーチャは「ニコッ」と笑って、俺の前にご主人様を立たせた。


「『ティルノ』って呼んでいいから!」


 え? 勝手に決めていいの? 当のご主人様は、困ったような顔を浮かべている。その態度も何だか不安そうだし、俺が「よ、よろしく」と話しかけても、それに「は、はい……」と答えるだけで、嬉しくなさそうな顔をずっと浮かべていた。こ、これは、かなり怖がられている。


「ね?」


 じゃないよ、君。そのご主人様、本当に困っているよ? 俺が主人様にまた話しかけた瞬間、君の後ろにまた隠れてしまったし。これは、「かなりの難敵」と思えた。俺は主人と従者の少女を交互に見つつも、複雑な気持ちで自分の頬を掻いた。


「と、とにかく! 三人とも、よろしくお願いします!」


 その返事は、二つしか返ってこなかった。うう、やっぱり悲しい。


「俺も、一生懸命に頑張るので」


 ビアラは、その言葉にうなずいた。それも、かなり嬉しそうな顔で。


「それじゃ、さっそく!」


「さっそく」


「何かクエストを受けよう!」


「え?」


 も、もう? それは、流石に早すぎないか? 時間の方も、それなりに経っているし。


「今日は、もう」


「そう?」


 あ、すげぇガッカリしている。なんかこう、子どものワクワクが消えていくようで。彼女は、意外と戦い好きなタイプなのか?


「なら!」


「え?」


「今日は、パアッと騒ごうよ! あたし達の出会いを祝して。お金はもちろん、あたし達が出すよ?」


 俺は、その言葉に首を振った。その言葉には、流石に甘えられない。自分のパーティーに彼女達を誘ったのは、俺の方なのだから。ここは、「『俺持ち』と言うのが筋」と言うモノである。


「いやいや、そんなわけにはいかないよ。今回のお金は、俺がすべて出します。ここのリーダーは、俺なんだしね。歓迎会は、俺が催すモノでしょう?」


 俺は、自分の仲間達を見わたした。「それで、異論はない?」と言う意思表示だ。新しい仲間を受けいれるのだから、今いる仲間達にもその了解を得なければならない。だから彼女達が「それ」に「いいよ」と答えた時は、言いようのない幸福感を覚えてしまった。俺は「それ」に微笑んで、自分の仲間達に頭を下げた。


「ありがとう」


 少女達は「それ」に「うん」と微笑んだが、ビアラ達は何故か不思議そうに眺めていた。まるでそう、それが「信じられない」と言わんばかりに。俺達の礼儀に「え?」と驚いていたのである。俺はその光景に驚くあまり、仲間達の反応も忘れて、ビアラ達の顔をじっと見つめてしまった。


「ど、どうしたの? 俺達が何か?」


 ビアラは、その言葉に首を振った。それから察して、俺達の態度に嫌悪を抱いたわけではないらしい。


「あ、いや、『ぜんぜん違うな』と思って。あたし達のいたパーティーと。あの人達は、あたし達の言う事をまったく聞かなかったから」


 悲しい体験だ。だが、それも……。


「こう言う世界もあるんだね?」


「そりゃ、世界は広いもの。どんなに辛い事があって、そこには必ず」


 そう、救いがある。俺がミュシアに救われたように。真っ暗な闇にも、一筋の光が必ず差しこむのだ。


「何が食べたい?」


「それはもちろん、飛びきりに美味しい物」


「そっか。なら、そいつを平らげよう」


「賛成!」


 ビアラは「ニコッ」と笑って、俺の腕を引っぱった。その時に感じた感触、控えめながらもふわりとした感触は、「俺だけの秘密にしよう」と思った。そうでなければ、あの言葉にまた殴られてしまうからね。あの忌まわしい、「女たらし」と言う言葉に。


 ちくしょう! 何度言ったら分かるのだ。「俺は、女たらしじゃねぇ!」って。だが、そんな叫びも虚しく、少女の手は俺をひたすらに引っぱっていく。ビアラは周りの視線など無視して、俺の腕をずっと引っぱりつづけた。

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