裏6話 報復の予感(※三人称)

 世間への嫌悪感。それがなぜか、前よりも強くなった。今まではそんなに……いや、今までも同じようなモノだったかも知れない。世間の人々は、「現実」よりも「理想」を重んじる愚か者だった。目先の情に捕らわれたせいで、未来の利益をすっかり損なってしまう。彼が今まで見てきた人々は、「それ」を「善」と考える人間、あるいは、それに近い人間ばかりだった。そんな甘い考えでは、この世界は決して救えないのに。彼等は「それ」を「最上の美徳」と考えて、貧しい人間には施しを、罪深い人間には許しを与えていた。

 

 マティは、その光景が許せなかった。許せなかったが、それが妙に引っかかった。自分の心がまるで棘にでも刺さったかのように、ありとあらゆるところが痛くなってしまったのである。今までは何とも思わなかった町の冒険者達も、その楽しそうな会話を聞くとなぜか、めまいのようなモノを感じてしまった。自分がそう、彼等とは違う人間のようで、底知れない孤独感を覚えてしまったのである。

 

 マティは、その孤独感に首を振った。こんな感情は、ありえない。自分は仕事の効率だけを考える、文字通りの冷血人間なのだ。使えない人間はためらいなく切りすて、使える人間はためらいなく使いきる。自分は「温情」からも「慈悲」からも、一番に遠い人間である筈だった。

 

 それなのになぜ? この感覚は一体、何だろう? 心の奥底に眠っていた感情が、突然に目覚めたような感覚は? ある瞬間に今までの感情と入れかわって、彼本来の感情を呼びさますような感覚は? まったくもって、分からない。そこから何とか逃げようとしても、彼の背中を迷わずに見つけて、その後ろに必ず追いついてしまう。本当に意味不明の感覚だった。

 

 マティは、その感覚に苦しんだ。ベッドの上で寝ている時はもちろん、その上から起きあがった時も、それにいつも苦しんだのである。マノンが彼の背中をさすって、彼に「大丈夫?」と話しかけた時も。彼は自分の内面にむしばまれ、挙げ句は聞きたくもない慰めすらも聞かされて、半狂乱の状態になってしまった。


「くそ、くそ、くそ」


 呪いのようにつぶやかれるそれも、その状態を見事に物語っている。彼はマノンの助けを借りて、普段と変わらない態度、怜悧冷徹の男を演じつづけた。自分がギルドセンターの中で様々な情報を集めている時も同じ、その態度を決して崩そうとしない。どこまでも、いつもの自分を装いつづけた。


 マティは椅子の上に座って、冒険者達の会話に耳を傾けた。本当は「それを聞きながそう」と思ったが、「ゼルデ」の名前が出た瞬間、その耳がどうしても傾いてしまったのである。彼は(表面上では)無感動な顔で、冒険者の達の会話をじっと聞きつづけた。会話の内容は、文字通りの衝撃だった。「剣士」であったゼルデが(その経緯は不明だが)なぜか魔術師に変わり、その強力な魔力をもって、高難易度のクエストを次々とこなしている。Aの冒険者でも苦戦が強いられる遊撃竜や刃虎すらも倒して、その戦績を見事に積みかさねていた。


 マティは、その内容に生唾を飲んだ。内容その物に怯えたわけではないが、自分の追いだした元仲間が輝かしい戦績を積みかさねている事に思わず苛立ってしまったからである。その元仲間が同じく追いだした白魔道士も、そのパーティーに入れている事にも。マティはその事実に怒りながらも、表面上ではやはり落ちついて、椅子の上に座りつづけた。


「まさか。そんな事など」


 ありえない、ありえない、ありえない。自分の追いだした二人がまさか、ここまで成り上がっているなんて。彼の常識では、絶対にありえない事だった。一度落ちた人間は、もう二度と這い上がれない。奈落の底に真っ逆さまである。そこにいかな光明が差そうとも、それは一時の幻でしかない筈だ。その光に手を伸ばした瞬間、それ自体が消えてしまう幻。あしもしない幻想。それなのに、なぜ?


「アイツ等は?」


 マティは不満げな顔で、椅子の上から立ちあがった。そうしなければ、この苛立ちに押しつぶされてしまう。幼馴染のマノンに「どうしたの?」と話しかけられても、それを聞きのがしてしまうような苛立ちに。マティは彼女の方に手を置いて、自分の正面にゆっくりと向きなおった。


「何でもない。気にするな」


「そう、でも」


「気にするな!」


 マティは床の上を踏みつけて、彼女の目をじっと睨んだ。自分では気づいてないようだが、かなり怒っているらしい。それを知らない周りの冒険者達は、自分達の会話を一度止めて、彼の様子をじっと眺めていた。


「す、すまない、取りみだして。ただ」


「ただ?」


 マティは一瞬、その答えをためらった。「それ」を言うのは、彼としてもかなりためらわれる。自分の追いだした元仲間達、その成功を話すなど。彼としては、どうしても許せない事だった。彼は名前の部分だけを伏せて、マノンにも嘘の感情を伝えた。



「そう。なら、いいんだけど。顔色が何だか悪かったから」

 

 マティは、その言葉に押しだまった。「それ」に答えれば、「すべてが終わる」と言う風に。彼は恨めしげな顔で、正面の壁をじっと睨みつづけた。

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