第57話 かつての仲間、これかれの友 1

 怖い。それが最初に思った事。それから湧きあがった感情は、「怒り」とも「悲しい」とも違う不思議な感情だった。「彼女はどうして、こんなところにいるのだろう?」と言う、不思議な感情。感情の奥底が掻きまわされるような感覚。それらが一気に現れて、本来の思考をすっかり失ってしまった。普通な聞くべき事が聞けず、その場にただ立ちつづけてしまったのである。

 

 俺は複雑な心境、憎悪のような感情を覚えつつも、真面目な顔で相手の顔を見はじめた。相手の顔は、かなりやつれている。彼女が気に入っていた紫の髪も、今はボサボサの状態、手入れもクソもない乱れ髪になっていた。


「リオ……」


 俺は一歩、彼女の前に近づいた。なぜ、そうしたのかは分からないけれど。彼女が俺の顔に涙を流した瞬間、その足がどうしても動いてしまったのだ。俺は周りの声を無視して、彼女の前に立ちつづけた。


「みんな、は?」


「分からない」


 それが彼女の答えらしい。事実、それ以外の答えは何も分からなかった。


「死んでいるのか、生きているのか。あたしに分かるのは」


 また、沈黙。どうやら、相当に答えづらいらしい。


「バシリが殺された事だけ」


「なっ!」


 まさか、そんな、アイツが殺されるなんて。


「ありえないだろう? 


「分かっている! 分かっているけど、バシリは本当に」


 彼女は、子どものように泣きだしてしまった。これには、町の住人達も仰天。俺の仲間達も驚いて、彼女の事をじっと眺めている。彼等は頭の思考が追いつかないのか、マヌケな顔で俺達の事をただ眺めつづけていた。


「見のがして」


「え?」


「お願いだから見のがして!」


 彼女は、俺の前から走りだした。たぶん、俺から逃げようとしたのだろう。魔術師なのだから「魔法を使えばいいのに」とも思ったが、走りだしてからすぐにこけたり、道路の柱にぶつかったりする姿を見ると、その動揺があまりに強く、また死ぬ程に悔やんでいる事も分かった。彼女は何が何でも、目の前の俺から逃げたかったらしい。周りの怒声や、悲鳴から逃げる姿には、「怒り」よりも「哀れみ」を感じてしまった。


「どいて!」


 俺は、その声に眉を寄せた。彼女への恨みがなくなったわけではないが、それでもかつての仲間である事に変わりはない。俺は周りの声を無視して、彼女の事を追いかけた。


「待って!」


 そう叫ぶが止まらない。俺からまだ、逃げつづけている。


「くっ」


 俺は、彼女の足に向かって魔法を撃とうとした。彼女の足を止めるためにね。力の加減さえ間違わなければ、「その足止めも簡単にできる」と思った。だがそう思ったのは、俺だけはないらしい。俺が彼女の足に魔法を放とうとした瞬間、それと同じ方向に一本の矢が飛んでいった。矢は彼女の足をかすめて、その逃亡を見事に止めてしまった。


「なっ!」


 俺は、自分の後ろを振りかえった。俺の後ろでは、シオンが俺に手を振っている。


「なるほど」


 今の矢は、彼女が撃ったのか。


「ありがとう」


 シオンは、その言葉に「ニコッ」と笑った。周りの少女達は、何だか複雑な顔だったけどね。マドカさんなんかは、その両目をパチクリさせていたけれど。


「彼女の腕に驚いているのかな? でも」


 まあいい。今はそれよりも、リオの事が気になった。リオは思わぬ足止めを食らって、地面の上に倒れている。


「リオ!」


 その返事はなかったが、俺の接近には逃げなかった。たぶん、逃げる気力を失ったのだろう。目立った傷は見られなかったが、自分の足を押さえて、俺の顔を見あげた表情からは、「悲しみ」よりも増して「諦め」の感情がうかがえた。彼女はまた、地面の上に目を落とした。


「いいよ?」


「え?」


「あたしの事を殺しても。あたしは、それだけの事をしたんだし?」


 彼女は服の胸元を開いて、その両目をゆっくりと瞑った。どうやら、「ここを刺せ」と言う事らしい。服の隙間から見える豊かな胸は、それを表す代弁者のように見えた。


「さあ?」


 その要求に応える、わけがないだろう。こんなのは、どう考えてもおかしい。かつての仲間を殺すなんて、俺には……。


「どうしたの?」


「ふざけるな」


「え?」


「ふざけるな! 俺が追いだされた時は、平気な顔をしていたくせに! それをいまさら」


「う、うううっ。なら、どうすればいいの?」


「え?」


「どうすれば、この罪を償えるの?」


「償う? それは」


 まさか?


「リオ」


「なに?」


「君はずっと、自分の罪に苦しんでいたの?」


 その返事は、ない。ただ、彼女の嗚咽が聞こえるだけだ。自分の罪を心から悔やんでいる嗚咽。これからの自分に希望を抱けない絶望。それらがいくえにも重なって、今の涙を形づくっていた。


「リオ?」


「あたしも同じ」


「え?」


「あたしも、あのパーティーを追いだされた。マティから『お前は、要らない』と言われて」


「そっか」


 それしか言えなかった。この苦しみはたぶん、俺達にしか分からない。自分の信じていた人から追いだされる苦しみは。


「リオはまだ、冒険者をつづけているの?」


「うん。今はその、一人だけど。ゼルデは?」


「俺も、つづけている。新しいパーティーを組んで。職業は、前と違うけど」


「そう……。今は、どんな職業を?」


「魔術師」


 リオは、その言葉に目を見開いた。それこそ、「」と言う顔で。

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