第37話 まっとうな道 6
「歩かなきゃ」
そう、こんなところで立ちどまっていられない。この現実がどんなに辛くても、「それ」を受けいれなければならないのだ。受けいれなければ、前に進めない。前に進まなければ、その未来にも進めない。今回の事は、「それ」に進むための第一関門なのだ。
「そうしないと」
俺は、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔はまだ、目の前の現実に眉を寄せている。
「ミュシア?」
ミュシアは「それ」にしばらく答えなかったが、やがて「クスッ」と笑いだした。
「だいじょうぶ」
やわらかい口調。彼女はどうやら、元の状態に戻りつつあったらしい。
「こう言う理不尽には、慣れている」
慣れているのは問題だが、それでも落ちこんでいるよりはずっとマシだった。彼女は、俺が思っているよりもずっと強い。俺に「ニコッ」と笑いかけた顔からも、その強さが伝わってきた。ミュシアはクリナの顔に視線を移して、その横顔をじっと見はじめた。クリナの横顔はやはり、さっきの現実に落ちこんでいる。
「クリナ?」
無言。
「クリナ?」
また、無言。
「黙っていても、盗られた物は戻らない」
ここでようやく、クリナが口を開いた。今の言葉がどうやら、相当に悔しかったらしい。彼女は相手の目を睨んだが、それも一瞬の事で、次の瞬間にはもう、両手の拳を握りしめていた。
「分かっているわ! 分かっているけど」
「クリナの気持ちは、分かる」
少しの沈黙。これは、ミュシアなりの気配りかも知れない。
「私も、同じ気持ち」
「うん……」
「だから、頑張ろう?」
「うん……」
「この気持ちを忘れずに」
「うん!」
クリナは、その言葉に笑った。ミュシアも、その顔に笑いかえした。二人は穏やかな顔で、互いの顔をしばらく見つづけた。それが本当に美しかったが、これからの事を考えると、それをずっと眺めているわけにはいかなかった。パーティーの所有物が盗られたのなら、ギルドセンターにも「それ」を伝えなければならない。「窃盗被害にあいました」ってね。だから、二人の会話にも割りこんだ。
「今はとにかく、町に戻ろう。クエストの報告はもちろん、クリスタルの一つは無事だったわけだしね。遊撃竜のクリスタルなら、それを売るにしても、あるいは」
二人は、その言葉にうなずいた。よし、いい表情だ。辛い記憶がなくなったわけでないが、二人とも前を向いている。これからの事を考えて、新しい一歩を踏みだそうとしている。この世の理不尽を乗りこえて。なら、やる事は一つだ。
「
「ええ」
これは、クリナ。
「うん」
これは、ミュシア。
「進もう」
二人は俺の後に続いて、その場からスッと歩きだした。その足取りはしっかりしていたが、様々な出来事が次々と起ったせいもあって、町の中に戻ってきた時にはもう、二人とも「疲れたぁ」と言いあっていた。「もう、限界」
おいおい、この程度で根をあげてどうする? 追い剥ぎ少女の幻術に掛かった俺が言えた事ではなかったが、これでは先が思いやられる。あんなのは、序の口だ。強いモンスターの乱入はもちろん、盗賊関係の敵もこれからどんどん出てくる。自分達がギルドセンターのクエストを受けている中で、あるいは、普通の旅をつづけている中で。
奴らは、ある日突然に襲ってくるのだ。それこそ、冒険者達の隙を突いてね。「こんにちは」と襲ってくる。それに抗えなければ、冒険者などつづけられない。意気揚々と旅立った翌日、「死体になって帰ってきた」なんて事もありえるのだ。正に油断大敵。今回の事は(ある意味で)、初心に帰るいいキッカケだった。
「俺達は、命懸けの旅をつづけている」
そう、それが現実だ。どんなにすごい冒険者でも決して、忘れてはならない現実。心の奥に留めておかなければならない初心。それをもし、忘れてしまったら? 今のような事は、できないだろう。町のギルドセンターに行き、その中に入って、センターの受付嬢に「クエストの成功と窃盗被害の内容」を伝える事は。
俺は受付嬢にブラックリザード達のクリスタル、ついでに遊撃竜のクリスタルも見せて、それらの鑑定を頼んだ。鑑定の結果はもちろん、合格。それらすべてが「本物です」と言われ、相応の報酬も支払われて、遊撃竜のクリスタルに関しては、武具屋で強力な武器に代えてもらう事も決まった。
「クリナ様の剣も、折れちゃったしね? 『このまま武器無し』ってわけにもいかないし。ここは、最高の剣を造ってもらおう」
クリナはその言葉に喜んだが、どこか申しわけない気持ちがあるようで、最初は「それ」になかなかうなずこうとしなかった。別に遠慮しなくてもいいのに。
「ありが、とう」
あっ! 赤くなった。それに微笑んでいると、例の一言をまたもらってしまった。
「
クリナさん。何度も言うけど。
「俺は、女たらしじゃねぇ!」
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