裏2話 終わらない階段(※三人称)

 恐怖の根幹は異常性、その存在が異常か否かで分けられる。異常ではない物は「普通」と見なされ、異常な物は「異常」と見なされるのだ。それが自身の身を守る事になり、強いては集団の安全にも繋がってくる。安全でない物は、文字通りの危険だ。それもただ危険なだけではなく、様々な意味で危険なのである。

 

 だが……マティには、そんな事などどうでもよかった。自分の生業が危険なのは、百も承知。それに「あれこれ」と言うのは、言葉通りのお門違いである。この仕事が危険ならば、そこに理不尽が生じるのも当然。予期せぬ事が起きるのは、当然の事だろう。それがどんなに辛い事だって……だから、彼には迷いがなかった。それに対する疑問もなかったし、葛藤すらもなかった。

 

 すべては、平和な世界を取りもどすために。

 

 平和な世界を取りもどして、後世に自分の名を残すために。

 

 彼は(ある意味では)慈悲深かったが、現実では非情な人間、非常に合理的な人間だった。「仲間の一人をつい最近に殺したばかりだ」と言うのに、仲間の一人にまた「追放」を言いわたしたのである。パーティーの援護役、回復役などを行っていた白魔道士に。彼は白魔道士の肩を叩いて、その相手にただ「このパーティーから出ていけ」と囁いた。


「お前はもう、用済みだ」


 あの時と同じ台詞。お前はもう、用済み。それを周りから見ていた者にはもちろん、彼女自身にもかなり響く言葉だった。自分の存在価値がすべて否まれる感覚、自己の根幹が崩れ落ちる衝撃。それが同時に襲ってきて、いつもの平常心がすっかり失われてしまうのである。それこそ、普段のエリート意識がすべて砕けちるように。発狂に続く発狂が、次々と襲ってくるのだ。


「今日までの仕事を見るかぎり」


「ふざ」


 これは、嗚咽か? それとも、後悔か? それは、白魔道士自身にも分からなかった。彼女は怒りも憤りも超えて、目の前の男をじっと睨みつづけた。


「また、切りすてるの?」


「悪いか?」


 無言の返事。


「お前だって、奴らの追放を喜んでいただろう?」


 それを言われたらもう、何も言いかえせなかった。彼女も、確かに喜んでいた。自分の仲間達が次々と追いだされていく中、それでもパーティーから追いだされない自分に。劣悪な環境にも耐えられる(と思っていた)自分自身に。ある種の優越感を覚えながら、自己肯定感を高めていたのである。「自分は、アイツらとは違う。自分は、優れた人間である」と。


 だが、今の自分はどうだ? マティからパーティーの脱退書を渡されて、「それ」を呆然と眺めている自分は? その現実を受けいれる事すらできず、ただひたすらに泣きつづけている自分自身は? 惨め以外の何者でない。


 彼女は己の惨めさを噛みしめながらも、真面目な顔で相手の顔を見つづけた。相手の顔がどんなに冷たくても。


「悪霊だね」


「なに?」


「マティは、悪霊だよ。人の人生を食い物にする」


「それは、言い訳だ」


「言い訳?」


「自分の非力を誤魔化す言い訳。お前は、ただの負け犬だよ」


 それが相当に悔しかったらしい。彼女は自分の杖を投げすてて、それを思いきり踏みつけた。


「それじゃ!」


「ん?」


「マティは、もっと負け犬だね。そんな負け犬を見わけられなかったんだから。無能な人間を雇った人間は、それ以上に無能じゃない? マティには、人を見る目がないんだ!」


 究極の正論、のようで正論ではない。マティは「それ」に怯えるどころか、逆に溜め息交じりで相手の目を睨みかえした。相手の目はもちろん、少女の涙で潤んでいる。


「無能の底は、常にあがっている。最初は井戸の底だったそれが、今はそこから溢れでるように。求められる結果は、常にあがっていく。終わらない階段を昇りつづけられなければ、どんな天才も無能なんだ」


 とんでもない理屈だ。これでは、どんなに頑張っても報われない。終わらない競争を強いられているようなモノだ。ひたすらに天へとつづく向上を。そんな事をつづけていれば、いつか絶対に壊れてしまう。そう感じたらしい少女だったが、マティの方は容赦なし、背中の大剣を抜いて、彼女の顎に鋒を向けた。


「出ていけ」


 その返事はもちろん、「はい」だった。こうなったらもう、その言葉に従うしかない。少女は……リオ・バラサは仲間の方を何度か振りかえったが、仲間達が自分の杖を拾おうとすると、それを拒んで、自分の正面にまた向きなおってしまった。


「さようなら」

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