裏1話 忍びよる暗雲(※三人称)
才能とは、公益だ。ある社会や集団に利益を与える能力、それの需要に応える能力。それこそが真の才能であり、それ以外の物は不要、つまりは無用の長物だった。そんな物は、冒険者には要らない。冒険者に要る物は、戦いに必要なスキルだけなのだ。
マティはそう、信じている。信じているから、自分の仲間も切りすてられる。「無能な人間は、要らない」と言う風に。彼は「優れた能力こそが正しい」、「人間の情では、何も救えない」と信じきっていた。
でも、それが……。
マティは、仲間の一人に追放を言いわたした。ゼルデがいなくなった事で、その後釜に点けられた少年を。剣士の補助要員だったバシリを。問答無用に追いだしてしまったのである。
「これならまだ、アイツの方がマシだった」
「クッ!」
少年の涙が光ったのは、今の言葉が突きささったからか? それとも、「追いだされたアイツ」」と同じ扱いをされたからか? どちらにしても、彼が怒り心頭になったのは確かである。腰の鞘から剣を抜いたのは、それの確かな証拠だった。
「リーダー。いや、おっさん!」
彼は本来、マティの事を「おっさん」と呼んでいるらしい。
「アンタは、鬼だよ」
「鬼?」
「東方の民話に出てくる怪物だ。頭の上に角が生えていて、その手には金棒を持っている。人間の邪が形になった存在。アンタは、それの具現化だ」
そう叫ぶ彼だったが、マティには無意味だったらしい。マティは「鬼」の部分にこそ目を細めたが、それ以外の反応はまったく見せなかった。
「で?」
沈黙と緊張。
「それが?」
「クッ!」
何かが切れた。少年の中にあった理性が、すっかり失われてしまった。残されたのは、本能のみ。「コイツを殺さねば」と言う殺人衝動のみである。コイツだけは、絶対に殺さなければならない。そう感じたらしい少年の剣は、相手に意図もたやすく弾かれてしまった。
「なっ!」
「甘い」
マティは、溜め息をついた。相手の無謀に呆れる、本当の溜め息を。
「出ていけ」
「ふざっ」
「出ていけ。反論は、許さない」
威嚇。それも、無言の威嚇だった。「これ以上つづければ、俺の魔法が唸るぞ?」と言う脅しも含めた無言。マティは少年に杖の先を向けると、無感動な顔で相手の目を睨みつけた。
「今すぐに決めろ。
「どっちも、嫌だ」
「なら、消しとべ」
「そ、そんな事をしたら! アンタは、犯罪者だぞ!」
正当な文句だが、それが通じるマティではない。マティは「犯罪」の部分にすら、まったくの無反応だった。
「檻の中にぶち込まれるんだ。不味い飯と汚いベッドしかないような」
「甘い」
「え?」
「お前は、甘い。甘すぎる。ここは、草原のど真ん中だぞ? 目撃者は、いない」
「は? ここに腐るほどいるじゃないか?」
バシリは、自分の仲間達を見わたした。仲間達は自分の事を見ていたが、誰も彼に喋ろうとしない。彼の事をただ、青ざめた顔で眺めているだけだった。
「そんな」
少年は、両手の拳を握った。すべてをどうやら、悟ったようである。「ここには、自分の味方はいない」と。その証拠として、彼以外の全員が自己保身に走っていた。
「クッ!」
舌打ちしかできない。それ以外に何ができるだろう? 「ついこの間まで見くだしていた相手と自分が同じ立場になった」と思ったら? 肩を落として泣きだすか、怒りに任せて荒れくるうしかなかった。少年は、その
「ちくしょう!」
キラリと光る少年の剣。その剣がふわりと舞いあがり、それから地面の上に突きささった頃には、少年は自分の首を飛ばされて、地面の上にすっかり倒れていた。
「う、ううっ」
この声は、断末魔? その正体は結局、分からなかった。
マティは無感動な目で、自分の仲間達を見わたした。仲間達の顔は、やはり青ざめている。
「行くぞ。世に名を残したかったら、さっさと歩くんだ」
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