第44話 ロシア支部長
「ASUKA!」
そこに見知った人物がいるのを見て、僕は思いっきり眉をひそめた。
「なんだ?飛鳥の知り合いか?」
チッ、と舌打ちをしていると、聖也が気づいて聞いてくる。
名前を言ってるし、明らかに僕を見て小さく手招きをしているのを見ると、どう見ても知り合い、としか言えないだろう。
「ちょっとな。悪い、出てくるわ。」
僕は、聖也たちを置いて、奴の所に向かった。
同様に、教科書やらを取りに来ていたノリとゼンもこちらに気づく。
慌てて、僕に合流するが、僕は自分の持っていた荷物をゼンに押しつけて、口早に言った。
「ロシア支部長だ。あんたたちは部屋に引き上げて。なんだったら淳平たちに伝言を。」
「おい、勝手なこと言うな。俺たちも行くぞ。」
「やつについての知識は?」
「いや、ないが・・・」
「不死者・怪僧ラスプーチン、だよね。」
「知ってるんなら話が早い。面倒になる前に離れてろ。」
僕たちは、やつに近づきながらも小声でそんなやりとりをする。
やつと距離が近づくか、
!
その近くなった距離を一瞬に詰められて、僕は奴にハグされていた。
相変わらず、神出鬼没な奴だ。
〈(ロシア語で)久しぶりだね、飛鳥。ニーチェから報告が来て、君がこの件に絡んでいると聞いてね、慌てて飛んできたよ。〉
〈(ロシア語で)支部長御自らお出まし、とは、ロシアは暇なの?〉
〈いやいや、忙しい中、わざわざ出向いてやったんじゃないか。もちろん、仕事の話だよ。〉
〈仕事?〉
〈ややの許可は取ってる。さぁ行こうか。〉
〈ちょっ!荷物取ってくるから。〉
〈手ぶらでいい。帰りは送るよ。〉
〈そういう問題じゃ!〉
〈例の魔法陣の話、と言っても?〉
〈・・・ニーチェが書き写した?〉
〈そういうことだ。私も忙しくてね、今すぐつきあいたまえ。これは命令だ。〉
〈ッチ。分かったよ。〉
「てことだから。」
僕は、ノリとゼンに言う。
「て、どういうことだ?」
「我々はロシア語なんてわかんないよ。」
「ノリは僕の心読んでたんじゃないのかよ。」
「読んでないよ。飛鳥の気持ちはダダ漏れだけど、読む気にならなきゃ思考は読めない。その方相手にそんな失礼なこと出来るわけないだろう?」
「チッ使えないな。とにかく、僕はグレゴリーの手伝いでちょっと出てくる。ややさまがOKしてるらしいから、あとは淳平にでも、聞いて。」
「おい!」
僕は、二人を置いて、ロシア支部長の後ろを追った。
グレゴリー・ラスプーチン。帝政ロシア時代に現れた怪僧ラスプーチン、という名は、いろんな意味で有名だ。
人心を惑わした、だの、傾国のために取り入っただの、いろいろ言われているが、まぁ、本人を知っている僕としては、ご大層なことは考えてなかったんだろうな、と思う。
普通の人が、いや、むしろ劣等感の強い人が、あるとき、超能力に目覚めた。彼は、現在においても有数のヒーラーでありテレパシストだ。特に
多くの貴族、果ては王族まで、その
が元々は貧乏農家の第5子。粗暴で手が付けられない荒くれ者なんて言われている。が、単なるチンピラだ。あるとき、喧嘩で死にかけて超能力に目覚めた。たまたまその力をとある修道士が見いだし、某修道院の修行僧となることで、原石は磨かれ、その時代の寵児となった。
もともとが女好き。
本当は男女問わず。
娼館に寝泊まりし、散財し放題。評判はすこぶる悪くても、逆に信奉者も多い。そう。先に述べた王侯貴族の特に貴婦人たち。魅了の力かそれとも命を助けられて惚れたのかは分からないが、帝政の中心にいる人々も次々と彼の毒牙にかかった、という。本人は、むしろ請われて、だ、と言い張ってるけど。
そして、彼は最終的には暗殺された、ということになっている。
実際暗殺は行われ、しかし、その後復活した。
その行動から異端とか諸々言われていたが、どうやら禁忌に手を出したらしい。それが神の怒りに触れた。そして、不死の呪いを受けた。
彼は、それでも、擁護する貴族たちにかくまわれつつ、ロシア帝国がソビエト連邦となりさらに崩壊してロシア連邦となっても、常に中枢で生き延びた。
不死者に対して生き延びた、も変か。とにかく常に時の権力者が後ろ盾となり、それなりに面白おかしく生きてきたらしい。なんせ、得意はヒーリング。現代医療よりはるかに優れた力で、不治の病を治すんだ、引く手あまたってことだ。ロシアに彼がいることは、世界中の有力者にも知られている。様々な問題も抱えつつ、常にロシアが世界のリーダーであったことと、彼の存在は無関係じゃないということだ。
そんな彼も今じゃAAOロシア支部の支部長。
チェルノブイリ原発事故として知られる、術式汚染の対処は彼が中心となり行われたことでも、霊能者たちには有名だ。
昔からさんざん好き放題にしてたら、今は何もかもが愛おしいんだ、なんて言って、積極的にあやかしとも対峙している。たった一つのことを除いたらすこぶる評判はいい。ただし、そのたった一つがすべてを台無しにしているんだけど。すなわち、男女問わず、気に入った者をとにかく口説いて、体の関係を持ちたがる、という、すこぶる迷惑な性癖を除けば、ということだ。
僕は、ラスプーチンの乗る明らかに公用車、といった黒乗りの車で彼の目的を推測しつつ、できるだけ奴から遠ざかろうとしていた。
幸い、今の秘書は優秀なようだ。
さっき乗り込むときにナターシャさんと自己紹介してくれた。
彼女は、僕とグレゴリーとの間に座ってくれて、さらに、僕の盾になろうとしているのか、矢継ぎ早にグレゴリーに仕事の話を振っている。
僕は、彼らに背を向けつつ、窓の外を見る。
どうやら大阪都に向かっているのか?
都支部にいくか、と思いきや、なんだ?大使館?
まさかの大阪都にあるロシア大使館に連れ込まれたようだ。
少なくとも、日本国からは治外法権、だな。
だからといって、実はAAOはちょっと異なる。
AAO自体が一種の治外法権を持つんだ。
あやかし、化け物、霊、魔物、悪魔・・・
呼び名はなんでもいい。
人外、と呼ばれるモノに国境はない。
対処できる者は数が少なく、世界中の能力者の協力が必要とされる。
しかも1999年、神は去った。
異界からの侵入者を抑止する存在はもういない。
最後の砦が世界でも数少ない霊能者。
なら、世界で共有するべきだ、という潮流が産まれ、AAOは本当の意味で今や世界連合といえるかもしれない。あらゆる国から越権を与えられた、特別機関。
だから大使館の中で何かが行われても、日本国は手を出せないが、AAOなら手が出せる。
それでも、なんでこんな所へ?
〈そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。単純にここでなら、結界がこちらの自由に張れる、というだけだ。昨日のうちに、少々暴れても大丈夫な結界を作ったんだ。そこで、例の魔法陣の起動実験をしようと思ってね。飛鳥、君ならあれを起動させられる。そうだろ?〉
車を止めて外へと促すと、グレゴリーはそう言ってニッと笑った。
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