第41話 魔法陣もどき

 争うような大きな声を聞いて、目を覚ました。


 寮に戻って、少しでも体の修復を急ぐように、と、ベッドに入っていた僕は、自分の体の状態を、その喧噪も気にしつつ、チェックする。

 十分に寝られたのは、淳平に痛覚を消して貰ってるお陰か。だけど、同時に強引な活性化をしてるんだろうな、という感触もある。お陰で倦怠感が半端ない。

 内臓の方も、筋肉も、8割から9割戻った、という感じか。


 「飛鳥、起きたんなら、こっちに来なさい!」

 かしましい蓮華の声が飛んでくる。

 争っている中心人物、は、間違いなく彼女だ。

 それに、ここにいる4人の人間は、みんな、僕の覚醒に気づいているのは間違いなかった。

 僕は、怠い体を強引に奮い立たせて、ベッドから出て、隣の共通スペースへと、ゆっくりと顔を出した。


 「たく、ぐすぐずしない。そこに座って。」

 「まぁまぁ、蓮華も分かるでしょ。本当ならまだ退院させたくないんだよね、医者としては。」

 「誰が医者よ。あんた、結局免許取らなかったじゃない。」

 「免許はなくても、スキルはうちの医療スタッフより上だよぉ。」

 ヒヒヒ、と、淳平は笑う。

 そりゃ20代の頭と手先の器用さを維持したまま、常に最先端の医術を60年も更新してりゃ、普通のドクターがかなうわけはない。それに、錬金術か何か知らないけど、脳内物質をいじる、なんて、反則級の技を持ってるんだ、普通の人間がかなうわけがない。


 バン!


 笑う淳平に、チッと舌打ちしつつ、蓮華は複数の紙を、机に叩きつけるように並べた。

 なんだ?

 見ると、何らかの魔法陣のようだけど・・・・


 「何か分かる?」

 蓮華は僕を見ながらそう言った。

 「魔法陣?マギカ系?」

 マギカ、というのは、西洋系の魔術体系に対する総称みたいなものだ。カバラやウィッチ、サタニストといった術者を、主に差す。まぁ、日本人が魔法使い、と言って思い描く存在が一番近いか。

 東洋と西洋では術の成り立ちが違うので、術を補佐するような図形も文字も大きく異なる。九字を切る魔法使い、とか、魔法陣から何かを召喚する僧侶とか、あんまり想像出来ないだろう?ま、そういうことだ。


 僕は、簡単にマギカ系の魔法陣だろう、と、言ったけど、蓮華は指の節でコンコンとテーブルを叩き、まだ、僕を睨むように見ている。

 なんだよ、これじゃ、足りないのか?

 僕は、ため息をつきつつ、もう一度その魔法陣らしきものを見る。

 ん、答えは自分の中に出てたか。

 どうも、僕はこれらを「魔法陣らしきもの」と認識していて、「魔法陣」とは思ってなかったみたいだ。で、これが正解なんだろう。

 「まともに動きそうもないな、魔法陣じゃないのか?」

 「ま、及第点ね。」


 「分かるのか?」

 と、その時、息を潜めるようにしていたゼンがそんな風に聞いてきた。

 いや、分かるだろう?

 僕は、首を傾げつつゼンを見る。

 ゼンは横に座るノリとなんだかアイコンタクトをして、二人同時に首をすくめた。

 なんだ?


 「いや、これが魔法陣で何かを召喚する術式だってのは分かるんだが・・・」

 「動きそうにないってのは?」

 「いや・・・違和感?」

 そう言うと、パコン、と頭をはたかれた。

 横にいた淳平が裏拳で叩いたようだ。僕、何かしたか?

 「あのさ、違和感、てのは、まぁ第一印象なのは分かる。なんでこれだけじっくり見て、その違和感を解決しないのかなぁ、飛鳥ちゃんは?」

 僕としては結論が分かれば問題無いと思うんだけど・・・

 て、淳平は視線でゼンとノリを見るように促してるけど。

 もしかして、この微妙な違い、僕に解説しろとか言う?

 無理だよ?

 そう思うけど、蓮華も淳平も、僕に解説を要求してるのは明らかだ。ノリとゼンは困惑気味。こいつらの関係が分かんなくなってきた。


 はぁ。

 あんまりじらすと、蓮華辺りが爆発しかねないけど、ほんと、解説なんて無理なんだ。だって違うところはいっぱいあるし・・・

 ああ、面倒くさい。


 僕は、机の上の魔法陣を1枚自分の近くに寄せ、転がっていた赤いペンで、それに重ねて正しい陣を描いた。

 これでいいはず。

 だよね、と、僕は蓮華と淳平を見る。

 二人とも、あちゃー、とか言いながら目元を覆ってるけど、これで一目瞭然だろ?


 ゼンとノリはまだ首を傾げてるけど・・・


 「誤差、じゃないのか?」

 と、ゼン。

 「書き癖、ぐらいにしか見えないけど・・・」

 とノリ。


 いや、全然違うだろう?


 「やべっ!」


 その時、淳平が叫んだ。

 「飛鳥、魔法陣を消滅させろ!」


 え?


 見ると、僕が描いたものと、元にあったなんちゃって魔法陣が変な反応して、召還陣が作動している。

 僕は慌てて、魔法陣を切り刻む。


 「何やってんのよ!」

 「いや、待てって。こいつは怪我の功名ってやつかもしれないぞ。」

 僕に掴みかかろうとする蓮華を押さえつつ、淳平がぺろりと唇をしめらせた。

 「どういうことよ。」

 「まぁ、待てって。飛鳥、さっき描いた魔法陣に力は入れてなかったよな?」

 「そりゃそうだろ。別に起動が目的じゃないんだから。」

 「だけど、起動した。この魔法陣には周囲からエネルギーを吸い上げる機能もあるんじゃないか?」

 「でも、陣自体はいびつだよ?」

 「いびつ、ってことは、戻ろうとするエネルギーを蓄えられるってことさ。正しい魔法陣や術式は、いわばサーキット回路。霊素が回りやすい媒体だ。このいびつな術式の中にちょっとだけでも霊素を含ませておいて、正しい術式を重ねると、この戻ろうとする力を取り込んで、起動だけはするんじゃないか?そこに何かのきっかけ、つまりは規定量以上のエネルギーに触れると、発動まで行く、と、見た。」

 「つまり、何?この素人に毛の生えたような坊やたちには見分けがつかない程度のほぼ正しい魔法陣は、あえてそう作られたもので、その違いを使って、時限爆弾みたいに設置したっての?」

 「ああ。飛鳥が行った辻以外は、起動はしてないんだろ?飛鳥の場合、力を完全には押さえられてなかった。だから、それに反応して、召還陣が起動した。」

 あのあやかしの無限ループは、僕が起こしたって?


 「飛鳥がいったのは偶然だろうけどな。結界陣自体は龍脈に沿ってるだろ?本来はそいつをゆっくり吸い上げるはずだったんじゃないか?」

 淳平が残った魔法陣の1つのある場所をつつく。

 ああ、確かに何かを吸い上げるってなってる。

 「本来はじわりじわりと吸い上げて、許容量を超えたところで、発動、て予定だったんじゃないか?」


 「いいですか?」

 ゼンが、なぜか手を上げて発言する。やっぱり学生ってそんな感じなのか?なんて、変なところに感心してしまった。

 「なんだ?」

 「龍脈のエネルギーを吸い出すはずが、周りを漂っているとはいえ、飛鳥の力を代用、というのは、ちょっと考えられないんですが?」

 「そうでもない。お前たちも貴船は行ったんだろ?ああいった、まぁ、神道的な神々ってのは、大概がこいつの霊力を好む。仏やら妖精やら、あやかし、悪魔、なんでもいい、この次元に近いやつらは大概だ。まぁ、おかげで彼らの力をあの大侵攻の時に借りれたってのもあるんだが、ヤツらに言わせれば、こいつの霊力ってのは、この星の霊力に近いらしい。もともとどこの術にも染まってない上に、その性質もあるんじゃないか?飛鳥が節操なしにどこの術も受け入れられるってのは。」

 節操なし、ってのは、言い方が、なぁ。


 まぁ、淳平が言うのは、間違いでも無い。

 本人(神々というのか高次の存在というのかは難しいけど)たちから聞いてることだ。そもそも地球には龍脈、とか、レイライン、とか、いろんな言い方があるけど、血液、というよりリンパ液?みたいな感じで、普通の人では目に見えない、霊力的なエネルギーの流れがある。それらは地球を巡り、毛細血管のような分岐を持ち、また、ところどろこ地表に吹き出る龍穴、なんてパワースポットがある。この龍穴上には大概宗教施設が建っていて、太古よりこの力を人類は使用してきた。

 また、この龍穴付近は高濃度のエネルギーが充満しがちであるから、そこに高次の生命体=神々が発生することも少なくない。AAOや、そんな霊的機関なんかでは、神々というのは、人と意思疎通が出来る人外=あやかし、と考えられている。

 僕らを呪った神々はさらに高次の存在だ。人はどちらも神=人間を超越する者という名称でしか表現できないけど、僕らが三次元の存在だとすると、共闘した神々は四次元、そして、僕らを呪ったのは5次元を通り越して7次元ぐらいの存在、というところか。


 まぁ、その辺りはどうでもいいが、僕の、術を通さない霊力、というのは、どうやら龍脈を流れるエネルギーに近い形をもっているらしい。

 で、その力に反応して、あの不定形のやつらがあふれ出した、というのが淳平の説・・・・



 「はぁ、それはもうどっちでもいいわ。でも、これどうすんのよ。私、無理を言って持ってきちゃったんだからね。」

 と、淳平の考察に飽きたらしい蓮華が、急に僕が切り刻んだ魔法陣を差しながら、ヒスった。

 「持ってきちゃったって、どこから?」

 「都事務所から。」

 僕の入院していた病院はAAOの持ち物で、この辺り、つまりは近畿地区の支部事務所が入っている。大阪都事務所、通称、都事務所。一応何か起こったらここに連絡するのだろう。僕にその役割が来ることはほぼないけど。

 「それってコピーじゃないんですか?」

 と、ノリ。

 「コピーしても写らないわよ?」

 「ああ・・・」

 てことは、これ、霊力感知紙か?

 でも、写真は撮れるだろうに。


 「飛鳥、写真は撮れる、とか思った?そんな面倒するなら、本人に複写させるわよ。」

 ・・・

 「てことは、これ、念写?」

 「現場に、面識のない外国のご婦人がいらして、撮ってらした。あんなすごい念写は初めて見たよ。」

 「ああ、見るだけで紙に映し出された。念写は何度も見たけど、あれは驚いたよ。」

 ?念写で撮ったのか。あの結界陣の下の魔法陣、てことか?

 「1つはあんたが壊したから、サイコメトリーね。」

 「え?ひょっとして、ニーチェ?」

 僕が聞くと、蓮華が苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


 「あー!」

 淳平が、奇声をあげた。

 「なんだよ!」

 「飛鳥ちゃん、今、気づいた。これ、念写ってことは、術だろ?飛鳥ちゃんがこんなボロボロにしちゃったってことは、術を返したってことじゃん。うわぁ、下手したら殺してたねぇ。うわぁ、一応、今回はニーチェでセーフ?」

 なんて、怖いことを、って、確かに・・・

 僕が魔法陣を書き足して発動したとはいえ、霊力を込めて、というより霊力だけで描いた魔法陣を破ったってことになる。だったらその術者にという名の反動がいったはず。魔法陣の力にもよるが下手したら即死しかねない反動だ。呪い返し、というポピュラーな現象だけど、こんな感じで使っていいもんじゃない。そもそもここにこうしてある時点でAAOの術者が作ったって分かるのに・・・


 僕は頭をかかえたよ。

 どう考えても返したのは僕しかないし・・・


 「まぁまぁ、そんなに落ち込まない。ニーチェなら、飛鳥ちゃんを怒ることはないって。良かったねぇ。」

 ああ確かに。ただし、その矛先は蓮華へ行って、その蓮華の矛先は、僕に来る未来が見えるけどな。

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