第39話 戦場の経験
病室のドアを淳平が開けると、そこにはノリとゼンが神妙な顔をして、立っていた。
「そんなとこに突っ立てないで入れよ。」
淳平が、そう言って、二人を病室に招き入れる。
見舞客(?)が4人は、この小さな個室に窮屈だな、なんてぼんやり考える。
二人は、今まで見たことのないような感じで憔悴してるようだった。
いつも自信満々なのに、なんか調子が狂う。
そういや、ゼンの怪我はどうだったんだろう。もう普通に服を着てるみたいだけど・・・
「さぁさぁ、毎日お見舞いに来てたんだ。やっと目覚めたんだし、しっかり見て上げなさい。」
タンタンが大人な感じで二人を招く。って十分大人か。
二人は促されて、ゆっくりベッドに近づくと、黙って僕に頭を下げた。
え?
何で頭を下げてるんだ?
僕としては、てっきり怒られると思ってたから、ちょっと身構えてたのに。
そういや淳平もなんだか謝ってきてたし、なんか変な感じだ。
「なんで飛鳥が怒られるんだ?」
怪訝な顔をしてノリが言った。こんなときでも考えを読むんだな。理由は分かんないけど反省してそうなのに、なんかちょっとむかつく。
「あ、ごめん。読もうと思ったわけじゃないんだ。その、飛鳥の声は自然に聞こえてくるって言うか・・・でも、そっか。そうだよな。・・・」
なんか口の中でもごもご言うノリなんてのは、初めて見た。
「別に今更だけどさ・・・で、ゼンは大丈夫だったか?怪我させてしまってごめん。」
「善に怪我させたから怒られると思ったのか?」
「まぁ・・・他にも、術式反発防げなかったし・・・結界も壊したし・・・」
「ちょっと待て。それは全部俺の責任だろ?」
ゼンがそう言ってくるけど、現場はこっちが責任だからなぁ。
「なんでだよ?」
「え?責任のこと?だっていっつもそうだろ?」
「そんなわけないだろ?」
二人は困惑してるけど、こっちだって困惑だよ。
「フフフ、現場の認識の違いだな。飛鳥ちゃんは今までの経験で、現場での失敗は、ザ・チャイルドに押しつけられてきたから、自分の責任だと思ってる。実際現場の指揮権は、ザ・チャイルドが優先だ。これを守らずに好き勝手やって失敗の結果だけ押しつけてくる奴が多いから、飛鳥ちゃんも上から責められると思ったわけだ。」
「そんなのおかしいだろ。」
「それが、今のこの世界のあり方だよ。あんたらは、ザ・チャイルドに押しつけりゃなんとかなると思ってる。が、結果が伴わなかったら、怒りまくる。たいがい理不尽な理由でペナルティ負わされてるよな、なぁ、飛鳥ちゃん。」
いや、そんなこと、こんなガキどもに言ってもしかたないだろ?何考えてるんだ淳平は?
「なんだよ、それは。おかしいだろ?今回ミスしたのは僕らだ。僕が霊力の流れを見つけなきゃならなかったし、善は下の魔法陣に気づいて、危険を察知すべきだった。間違っても、そこに自分の霊力を流し込むなんてやっちゃだめだったし、僕だって、飛鳥より前に気づくべきだったんだ。」
「ああ。俺は、ループを止めることに夢中で、飛鳥の制止が聞こえてなかった。いや、聞こえてたのに意味が分からなかったんだ。自分で術式反発を起こしながら固まっちまって、飛鳥に助けられた。」
「飛鳥は、ぼろぼろなのに、反発を押し戻そうと、力を使った。みんなが大丈夫なように指示まで出して。それは僕がやらなきゃならないことで・・・」
「なのになんでお前が怒られる、なんて発想にならなきゃならないんだ?」
「そんなのおかしいだろ?」
・・・・
この二人はまだ、僕が強いから全部背負うべきだ、なんて言わないんだな。
強いくせに何故守り切らない、なんて、責めないんだな。
なんというか・・・・新鮮だ。
「ごめん。」
ノリがなぜかもう一度頭を下げた。
「飛鳥たちザ・チャイルドだけに苦労させるようなことは、僕がさせない。今はまだ力がないかもしれないけど、ちゃんと僕が、僕らが、飛鳥たちのこと守れるぐらい強くなる。だから、僕らを、人類を、この世界を見捨てないでくれ。」
ハハハ、話が大きすぎないか?
ああ、そっか。そういや淳平が持ってきたストの話、意外に気にかけてたのか?
「俺は悔しい。まさか、自分があんな風に固まってしまうなんて。周りが見えなくなってしまうなんて、考えもしなかった。」
ゼンは、じっさい悔しいのだろう。握りしめた拳が白くなってる。
「フフフ、若いねぇ。いつまでもその初心持ってくれたら、僕チンたちも生きやすいのにねぇ。しかしまぁ、飛鳥ちゃん。恐山のときのこと、思い出すねぇ。」
恐山?
・・・・
て、いったい何年前の黒歴史だよ!
ヒッヒッヒッて、悪い笑顔で見ているけど、きっとあのこと、だろうなぁ。僕が、そうだリアルに中2の夏だった。当時はまだAAO日本支部になる前の日本精神学協力者協会、まぁ文科省の下部組織だった頃。実戦にちょこちょこ出さされるようになった、そんなあるミッションの時だ。
「飛鳥ちゃんもさ、昔は、現場で固まってさ。まぁ、蓮華姉さんの今のスタイルはそのおかげ、ともいうけどね。」
二人は、僕と淳平の顔を交互に見る。
いや、マジで黒歴史なんだから、やめろって。て、なんでタンタンがそんな嬉しそうなんだよ。そりゃあんたも産まれる前の話だ。知らないだろうけど、知る必要も無いんだからな。
「あれは飛鳥ちゃんが中2。夏休みだったか?恐山のまじな方のいたこ、な。あの頃、観光の方はともかく、ホンモノのいたこが消えつつあったところ、弟子を全国の霊能者から集ったんだ。当時、ちょっとばかし話題になったよ。言っても、秘術を余所の霊能者に公開するようなもんだからな。で、その弟子の一人がやらかした。自分ならもっと出来る、と、異界からとんでもない化け物を引き寄せ、自分に憑依させて、・・・・乗っ取られた。」
いたこ、というのは亡くなった霊や人外を、口寄せと称する技術でもって、自分の体内にとりつかせ、力を借りる術だ。観光的に、死んだ人の霊を取り憑かせて、呼んだ人と会話する、なんてパフォーマンスをしているが、あんなのは本質じゃない。
恐山、というのは霊力のたまり場になっていて、定期的に浄化しないと、クラック、つまり次元の隙間が開きやすく、そこから別次元のあやかしやらが現れてしまう。それを避けるために、大地の霊気を自分の体を媒介に散らす、そういう役目をするのが、本来の仕事だ。その流れで、様々なモノを自分の体内に入れることが得意で、その力を借りるのも得意、というわけだ。
「はじめは、地元の、まぁいたこ中心に解決しようとしたんだが、あまりに強力なあやかしで、文科省、まぁ、今で言うAAOが動いた。その中で派遣された中に、我々のチームもあった。」
学校が休みだからしっかり勉強してこい、と、当時学生だった僕と淳平のいるチームにも出動命令が下ったんだ。
「けっこう、悲惨だったよ。すでに死者も相当数出てた。過疎化が進んでいたとはいえ、2つの集落がなくなった。俺や飛鳥も最前線に放り込まれ、あのとき、初めてだったよな、飛鳥が目の前で知り合いが死ぬの見たの?」
「・・・ああ。」
「別のチームだったが、訓練所でもよく飛鳥の面倒見てたおっさんがいてな。なんでも飛鳥と同い年の娘がいるってんで、何かと絡んできたようなやつだった。そいつが、なぁ、間の悪いことに飛鳥の目の前で、そのあやかしにグサリ、だ。体は3つに裂かれ、誰が見ても即死、ってやつ?で、こいつは、あろうことか、敵の前で固まった。」
そうだ。僕は、まるで紙でも引き裂くように人間が裂かれた、その瞬間を見てしまった。
現実味、なんて無かったよ。戦いの喧噪も、みんなの怒号も僕の耳には何一つはいってこなくて。ゼイゼイという、耳障りな音だけが僕を取り巻いていた。それが自分の呼吸音だって気づいたのは全部終わって、しばらくした後だった。
「あの頃はまだ今ほどこいつも、俺や蓮華も戦闘スタイルは定まってなかったけど、そのアタック力に比して紙の防御力は今と同じで、心配した蓮華が、今よりもずっと不細工な結界でこいつを防御していたんだ。足を止めたこいつに気づいたのも当然蓮華で、どんなに声をかけてもぴくりとも動かない飛鳥に、あやかしが襲いかかって来るのを見たのも蓮華だった。蓮華は、怒鳴っても動かないこいつを移動させようと、自分にも硬い結界をしつつ、飛鳥を腕ずくで移動させようとした。が、あやかしの猛攻で、自分と飛鳥を囲む結界もいつまで持つか分からない。で・・・」
そこまで話して、淳平はみんなをゆっくりと見回した。
「で?」
「でだ、このままではじり貧だと思った蓮華は、結界を何重にも自分たちに張り巡らせ、飛鳥を小脇に抱いたまま、さらに結界を巻いた拳で、あやかしを殴りつけた。」
・・・・
そうだ。
ぼんやりとした意識のまま、すごい形相で、化け物を殴りつける蓮華を下から見ていたんだ。なんか流れ星みたいだ、その拳を見て、麻痺した心でそんな風に僕は思ったんだった。
「ま、蓮華姉さんが怖いってのは、おいておいて。なんだ。今回は善ちゃんをフォローした飛鳥ちゃんも、はじめは戦場で固まってどうしようもなかった、ってお話しだ。」
いや、淳平、嬉しそうにヘラヘラしてるけど、結構引く話だからな、それ。
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