第18話 後見

 「遅かったね。ご飯食べるよね?」

 部屋に入るなり、憲央が声をかけてきた。


 僕の与えられた部屋は、与えられたままの形で、壁に備え付けられた机とチェア、別の壁際にベッド、といった殺風景な物のハズだったが、1日終えて戻ってきてみると、カラフルなパッチワーク柄のソファセットと、高さが変えられる風の応接用机が挿入されていて、まるで別部屋だ。

 しかも、応接机と元々の備え付けの机の上には大量の食べ物や飲み物が所狭しと並べられ、各々思い思いに腰掛けている。

 具体的には、チェアにはなぜか後ろ向きに腰掛けた淳平が、ソファの長椅子には憲央が、2つある一人掛けソファの1つには善が、そしてなぜかベッドには蓮華が、それぞれ、思い思いの姿勢でくつろいでいた。


 「なんだこれ。」

 僕は思わずつぶやいた。

 「どうせ、ここにみんな集まるんだから、場所用意したよ。」

 手をヒラヒラさせながら言うのは淳平。

 いや、あんただって実験されてただろうが。蓮華もけだるげにベッドに突っ伏してるし、僕は今日ずっと寝てたから良いけど、二人がどんな目に遭ってたか、怖くて聞けない。


 「フフ、ご明察。これ、用意したのは僕と善だよ。でも、飛鳥ってほんと優しいね。淳さんと蓮華ちゃんの心配しちゃって。フフフ。」

 何がおかしいのか、ご機嫌の憲央は、僕を見てにこにこ笑っている。

 それにしても、蓮華ちゃんて、こんなばばあつかまえて、よく言うよ。60足さなくても29だよ。実質90のばばあに蓮華ちゃんって。

 こっそりそんな風に思ったら、蓮華から枕が飛んできた。

 なんとか腕で弾いたけど、ほぼ岩が当たったのと変わらない。しっかり打ち身が出来ちゃったじゃないか。心の中でそう思うけど、暴力女はつかつかと歩いてきて、思いっきり頭をはたきやがった。

 そのまま、黙って、空いている一人掛けのソファに座る。しゃべるのも辛いなら、いちいち突っかかるなって言いたいよ、まったく。


 「飛鳥、埃が舞う。」

 ぼそっというのは善。

 僕が弾いた枕をキャッチしてたみたい。キャッチしてなかったら、机の食べ物の所に飛んでいただろうから、惨事を防いでくれたのはありがたいけど、これ、僕が悪いのか?


 フフフ、と相変わらず嬉しそうな憲央が口を開く。

 「みんな仲よしで、いいねぇ、このチーム。」

 何がチームだよ。僕は仲良しこよしする気はないぞ。

 「フフ、ねぇ飛鳥、今年の検診、楽だった?」

 なんだよ、急に。そりゃずっと寝てただけだし、辛くはなかったけど。

 「今年は全然痛くなかったでしょ?ちなみに淳さんは自分で痛覚消せるし、蓮華ちゃんは痛みにめっぽう強いから、飛鳥ほどはいっつも辛くないんだろうけど、やっぱり検診はしんどいって。他のザ・チャイルドもほとんどは痛みに何らかの対処ができるみたいだよ。飛鳥はその点、不幸だよね。能力上、敏感じゃなきゃ強さが陰る。防御する能力も無いし、小さい頃から訓練受けてないから、痛みに耐性もついてない。この飛鳥の不幸な体質が、管理する我々側としてはありがたいんだけどね。そうでなきゃとっくに飛鳥は機構の手から逃れてるでしょ?」

 当たり前だ。

 こんな風に強制されなきゃ、とっくに機構から離れて、戦いも忘れてるさ。死ねないかもしれないけど、冬眠状態なら死んでるのと変わらない。実際、その間の記憶なんてないんだから。どこか人目のないところで、静かに冬眠できれば最高に幸せかもしれない。いっそのこと、物語の吸血鬼よろしく豪華な棺でもつくってその中で永遠の惰眠でもむさぼろうか、僕はそんな大それた妄想のような夢を抱いて、こっそりと笑った。


 「ああ、飛鳥、悪いけど、君のその夢は認めることが出来ないよ。」

 ああ、やっぱりこいつ最悪だ。妄想ぐらい好きにさせてくれたら良いのに。

 「その代わり、と言っては何だけど、飛鳥が良い子にしてたら、今年みたいな優しい検診にしてあげること、できるんだけど、どう?」

 たく、何が良い子だよ。こっちが何年生きてると思ってるんだか。でも、今年みたいな検診か。どうせ受けなきゃならないなら、そりゃ、助かるけど。

 でも、何をたくらんでるか知らないけど、下手な口車に乗ったらやばいぞ。他の不死者にネタを与えるだけだ。そのぐらいの学習能力は僕にだってあるんだよ。


 「やだなぁ、そんなに警戒して。たくらみ?もちろん僕はたくらんでいるさ。だからそんなに警戒しない。僕は、飛鳥に対して素直でしょ?僕は極力飛鳥には素直いたいんだ。なんでかって?前にも言わなかったかな?僕は僕に関心のかけらもない、そして内と外に乖離がない、そんな飛鳥にどうしようもなく惹かれたんだよ。まだ赤ちゃんだったけど、とっくに人の心の汚さにうんざりしていた僕の前に現れた、怯える子供。きれいで、もろくて、外見も中身も、すっかり魅了されたんだ。お爺様は、僕のそんな様子に大変満足されて、こう仰ったんだ。『憲央がそれにふさわしい成長を遂げるなら、飛鳥の後見にしてやろう。』」

 後見?

 「飛鳥には、家や一族といった後ろ盾はないでしょ?今は、実質はお爺様がいろいろ口をきいていて、誰も手を出していないってだけ。けどお爺様が亡くなったら、みんな牙を剥いてくるよ。どうやって飛鳥を取り込もう、って昨日の比じゃなく集まってくる。」


 考えたこともなかった。

 昔、サンジェルマンが冗談を言うように、自分の養子か嫁になれ、なんて言ってたことがあるけど、当然断った。その時は、今はまぁいいさ、などと、あの鬼畜は笑っていたけれど、その防波堤になっていたのが幸楽のじじい、と言うなら意味は分かる。


 「もちろん、幸楽、という一族のうちでもいろいろあるからね。他のファミリーとの兼ね合いもあるし、堂々と宣言、というわけにはいかない。でも、実績で近い物を作り出すことは出来る。僕はそのために今まで自分を鍛えてきたよ。」

 憲央は、ぞっとするような笑みを浮かべた。


 「と言ってはいるけど、飛鳥に当然拒否権はないから。僕はね機構からある任務を請け負ったんだ。それはね、飛鳥の査定ってやつ。理屈は次の任務がいっしょだからってことだけどね。僕と善が1年間かけて飛鳥達の査定をする。それに応じて、翌年の検診の麻酔量がきめられることになったよ。今の僕がもぎ取れたのはこれだけ。どう?僕と仲良くする気になった?」 

 僕はこんな風にエサをぶら下げられて、言いなりになるのは大嫌いだ。

 でも、渋々頷く、弱い自分がいた。 

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