第17話 定期検診

 7月8日。

 例年通りの、検査の日。

 いつもの実験室。

 白衣の男女。


 今年は60年の節目ということで、身体の色んな部位を採取するのだそうだ。

 なんのことはない、身体のあちこちを切り刻もうっていうわけだ。髪や爪、皮膚。そのぐらいならまぁいい。でも彼らはそんなので満足するわけがないだろう?

 各種臓器からのサンプル採取。

 骨も筋肉も、目玉、角膜から生殖器官まで、なんでもだ。


 だが今年は、僕らのご機嫌伺いもあるのだろうか?なんせ侵攻が予想されている現状。僕らにごねられるのは、機構としても望まないだろう。

 そのためかどうかは分からないが、かなり親切仕様だった。

 なんせ効かない麻酔を、しっかり効かせてくれたんだから。


 僕らは毒も薬もほとんど効かない。全く効かないんじゃなくて、身体にないものはすぐに排除されるみたいで、いったんは普通に効くのだが、すぐに投薬される前の状態に戻ってしまうらしい。だから麻酔とかも、すぐに切れる。切れる前に次の麻酔を入れることによって、麻酔状態が保たれる。今年はこの方法が採られた。


 他には、霊的に痛みを遮断してくれることもある。これは淳平が第一人者だ。淳平の場合は、脳内物質を発生させることにより、麻酔と同じ効果をもたせるか、または神経を遮断する。つまりは感覚を失くすんだ。この機構に所属する医師や研究者には、この淳平と同じ能力を持つ者も、それなりにいる。

 ただし、淳平1人でやることを複数人でやるとか、長く持たないとか、そんな感じで、淳平が一目置かれるのは、完全に彼らの上位互換だからでもある。



 とにかく、この『定期検診』という名の実験日は、実は不死者研究の研究発表的な要素が過分にある。一年かけて築いた理論を、堂々と検証できる日ということだ。

 だから毎年、違う実験をされるわけで、そもそも変わり映えしない僕らの身体をチェックしたところで、意味がないのは、研究者達が一番良く知っている。


 最初の10年位は、それでも本当に定期検診だったんだ。そもそも不死者だなんて認識もなく、機構の能力者としての、定期検診。

 僕発、で、まったく成長ないし体が年を取ってないんじゃないか、と、疑問を持たれた頃、あれは、オランダ発だったと思う。もともとデッケンという悪名高い不死者がいる国だ。彼、さまよえるオランダ人といえば有名か、彼がとある組織に捕まって、その体組成を調べられたことがあったこととから、その可能性に気づいたようだった。すなわち、あのとき生き残った能力者すべての、その体組成が調べるたび、まったく変動していない、という事実に。


 身長、体重、骨密度に体脂肪、そんな外形的なことはもちろん、健康診断で調べる各種数値はコンマ以下4桁まで取っても、ほぼ同じ。せいぜい変わるのは血糖値とか、酸素濃度、といった、その場の行動で前後するような数値程度。

 僕がハンストして、意識がなかったときに、それらが異常に低く、また、それと同時に血圧や脈なんかも低下していたらしい。まぁ、冬眠状態、といったところか。

 一番派手に数値が動いた不死者として、僕を実験対象として欲しがる研究者はわんさかいる。日本支部の研究所がそのために人気だというのだから、洒落にならない話だ。



 彼らの実験は、えげつないものが多い。今回は麻酔で意識を飛ばしてくれていたが、同じことを覚醒下でやられたことも何度もある。それどころか、耐○○性の実験はド定番だ。どこまで電流を流せば人間の体は限界を超えるか。やけどはどの部位がどこまでで限界を超えるか。

 まったく笑えてくるだろう。そんな実験、普通の人間にはできないから、僕ら不死者を使ってやりやがる。


 何が面倒だって、不死者になったからと言って、体が丈夫になってるとか、耐性がつく、なんてことは全くないんだ。


 あの日、あの時の、その体が今の体だ。

 僕の髪の毛はもともとこんなに長くなかった。けど、世界中の能力者が僕を媒体に霊力を集めた、その受け入れた時に、なぜか異常に伸びたんだ。そして、今まで以上に霊力を受け入れやすい体にどういうわけか変化した。限界を遙かに超えた霊力を受け入れてしまったために、ちょっとばかり体が変化したんだと思う。と、同時に起こったのが、そもそも敏感だった僕の五感が、過敏といえるレベルになってしまったことだ。淳平に、普通にしてて痛覚が人の2倍、と言われるこの触覚も、ほとんどは、この後遺症のせいだ。

 肉体の変化は、その霊力受け入れで起きたのだけど、その体になった時点で、神を拒否り、呪いを受けてしまった。そして肉体はその時点に固定された。


 ただ、戦うのに助かっていることは、1つある。

 僕は、あの日まで戦いに明け暮れていたから、普通の17歳や18歳より、当然戦うための筋肉は、付けていた。

 だから、一見大きな筋肉はないけど、僕の戦い方に必要な筋肉は最適解でついていて、いかに僕が訓練をサボろうとも、この筋肉が衰えることはない、ということだ。

 ハンストをして1年冬眠状態だった僕が、たたき起こされ、意地悪な実験をたくさんされて、逆らう気力もはぎ取られ、その後、さらにペナルティとして、戦いに投入されても、すぐに同じように戦闘できた、というのは、そのおかげ、でもある。

 考えてみると、それもいいか悪いかわからないか。筋肉が落ちてどうしようもなかったら、戦いの最中にはさすがに放り込まれなかったろうから。いや、こいつらのことだ。盾ぐらいになる、と投入されたかもしれないか。



 7月8日。

 定期検診の名目で、僕らを使って実験をされる日。

 僕らが、痛みで苦しもうが、まったく気にしない奴らによってやりたい放題の日。

 僕が、どれだけこの日を嫌っているかわかるだろう。


 まぁ、今年は麻酔が効いて眠っているうちにすべてが終わっていた。

 こんなことは、60年、いやこっち50年くらいか、その中でほとんどない。

 

 「検査が終わったよ。」

 目覚めた僕に、遙が言ったその言葉に、むしろ僕はキョトンとしてしまったけど、こういうのなら、僕だって喜んで、とは言いがたいけど、素直に実験に付き合うのに。


 僕は、無事無痛で終わって嬉しいような、できるんならやってくれ、っていう不満のような、そんな気持ちで、実験室を後にして、自分の部屋へと戻った。


 今日は、朝実験室に入って麻酔をされ、気づいたら、今はもう夜の9時だ。


 相変わらず、僕の部屋は明かりがついている。

 どころか、酒盛りでもしているのか?

 回れ右をして、去りたいところだけれど、中の人間の意識が、僕を発見しているぞ、と、テレパシーにもならない気配とでも言うのか、そういうので、僕を捉えてきた。

 はぁ、っと僕は大きくため息をついて、自分の部屋に踏み入れたんだ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る