第11話 妄執

「お困りのようですが、ご相談に乗りましょうか。」

 にこにこ顔の設楽憲央が、海里善と共に現れた。

「何やら愉快なお話しをしているようで。」


「何、勝手に、人の部屋入ってるんだよ。」

 淳平が凄むが、素知らぬ顔だ。

「いいんですよ。今のお話しを、上に報告しても。あぁ、因みに、ストライキの話はとっくに把握してます。ザ・チャイルドでなくても、優秀なテレパシストは各国にいますから。この件は、うちのおじい様の預かりとなってますんで。」

 笑みをさらに深めて、憲央が僕に近づいてくる。淳平が、二人の間に身を滑らせた。


「どいて貰えますか?僕、飛鳥と話したいんですよね。」

「誰が!」

「どきなさい!この件、僕がおじい様の、幸楽憲右衛門の名代として預かる!」


 しばらく睨み合う二人。が、さとりの爺の名は伊達じゃない。舌打ちして、淳平は横へ退いた。

 満足そうに頷いた憲央は、更に歩を進める、僕の顎に手を置くと、上にグイっと持ち上げた。


「飛鳥は、どうしたいですか?あなたの意見に従う、なんてふざけた話を聞いています。そのあなたは、たった今、その話を知った。そうですよね?本人不在で君を神輿になんていうことでまとまる、そんな馬鹿な流れに、僕は憤ってます。ねえ、飛鳥。お前はどうしたいんだい?僕ならどんな選択でも、助けてあげられる。」


 僕は、憲央のそのさまに、狂気を見た。幾度となく見てきた、追い詰められた者の狂気。

 あぁ、彼もまた、被害者か。

 家だの、名誉だの、務めだの、才能があるというだけで、押し付けられる有象無象。

 お前は特別だから、と、押し付けられる義務に、抗うことすら知らぬまま、壊れていく精神こころ


 「ハハハ、なるほどね。やっぱり飛鳥はいいね。せっかく思い出してくれたから教えてあげようか。僕が初めて、飛鳥と会った時、何を思ってたか分かるかい?飛鳥はちっとも僕に関心が無かった。誰かも知らなかった。誰もがお爺様を恐れつつ、その面会に喜びを感じていたのに、飛鳥はただただ面倒だって思っていたでしょ?みんなお爺様に特別扱いされてる僕に少しでも関心を持って貰ってお近づきになりたい、なんて思ってるのに、飛鳥は、ただひたすら僕が早く自分に感心を無くして欲しい、なんて考えていた。そしてね、知ってるかどうかわかんないけど、その気持ちはしっかり顔に表れていたんだよ。気持ちと表情が同じ人間を僕はあのとき初めて見たんだ。衝撃だったよ。僕はこんなに飛鳥に興味があるのに、飛鳥は、かけらも僕に興味を持たなかった。フフフ。飛鳥ね、あのとき思ってたこと覚えてる?『このガキ、さっさとどいてくれないかなぁ。正座ってただでさえ得意じゃないのに、こいつのせいでしびれがきついよ。マジ、じじいんとこじゃなくてホテルが良かった。ホテルだったらこんな挨拶もいらないのになぁ。』もうビックリするしおもしろいし、フフフ絶対飛鳥を自分のにするってその時思ったんだ。ねぇ、こういうのも、君が言う壊れた精神こころってやつ?」


 会ったっていったって、まだハイハイの頃だろ?

 冗談だよな。


 「ま、独り占め、なんてしませんよ。あの頃はまだ子供でしたからね、全部飛鳥を貰う、なんて思ってて、そのためには地位がいるって、頑張って修行してきたんですけどね。今日ちょっと飛鳥の周りにいただけでも、やっぱり飛鳥が中心なんだなぁ、って、そのことが僕はなんだか嬉しかった。ストライキの件ですが、僕がこの件を預かってるのは本当です。これも飛鳥中心って僕の飛鳥はすごいなぁ、て嬉しいんですよ。だけど周りのやり方は気に入らない。どんな結果になっても飛鳥のせいじゃないから気にすんなって言ったって、飛鳥なら気にするのに決まってるでしょう。そうだ。なんだったら飛鳥以外、全員処分しましょうか。死ななくたって、処分する方法なんていくらもありますからね。でも、これも飛鳥は嫌がりますよねぇ。ザ・チャイルドなんて飛鳥の優しさに生かされてるんだって、大声で言って回りたいですね。ねぇ、善。君もそう思うでしょ?」

 突然、振られた善だが、特に表情も変えなかった。


 「ノンが飛鳥にしか関心が無いのは今更だ。だが、飛鳥に協力したいのは俺も同じ。きっと記憶も興味も無いと思うが、俺は1度ならず2度も飛鳥に救われている。ノンが俺をパートナーに指名したのも、すべてをおいても飛鳥に協力したい、と考えているからだ。」

 「そんな謙遜しなくていいよ。僕と一緒に飛鳥を守るだけの地位と力を手に入れた、頼りになる相棒さ。飛鳥。僕らは機構も家も関係なく、お前を支持する。それだけは覚えていて欲しい。淳平さん、あなたも、ね。」


 言ってることが、正直、分からない。

 この二人は僕の味方になる、なんて言ってるのか?

 僕が中心、なんて、そんな話あるとしたら、そこが戦いの中心だからだろ。僕のできる事なんて、期待されることなんて、この力だけなんだから。


 「うーん。淳平さん。僕、少し考え違いしてたかもしれない。あなた、今、僕達のこと、どう評価すべきか、迷ってますよね。こう言えば、僕らを認めてくれますか。僕は飛鳥を助けたい、と思ってる。敵は徹底的にたたく、たとえそれが飛鳥本人だったとしても。」

 クックックッ・・・・

 淳平は、喉の奥で笑い始めた。

 「そりゃいいや。」

 そう言って、淳平は手を差し出した。

 握手を求める行為。

 それは、さとりに接触を許す、最大限の敬意。

 なぜか淳平は、憲央と善を受け入れたようだった。

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