第10話 ザ・チャイルドの総意

 「飛鳥。僕の部屋で話そうか。」

 淳平が僕のことをちゃん付けで呼ばないときは、からかっていないとき。真面目な話か怒られる時だけだ。僕はため息をついて、淳平の後を追った。


 淳平の部屋へ行くと、僕は備え付けられているソファに座った。

 淳平は、デスクに備えられた背もたれ付の椅子に反対向けに座って、シートの背のてっぺんに両手を組み、顎をその掌にのせた。

 奴が考え事をするときのポーズだ。



 「なぁ、飛鳥は次の任務のことをどのくらい知ってる?」

 任務も何も、僕は、今侵攻があるかもしれないと思われるほどクラックが増えてる、ってのも、さっき知ったばかりだ。そんなことを言うと、淳平はフーッと大きく息をついて、頭をガシガシと掻いた。

 「だよなぁ。飛鳥はそうだよなぁ。だけどな、さすがにそれはやばいぜ。何のために我々がこんな体になったのか、意味が無くなるかもしれないぞ。」

 「それって、この次元がなくなるってこと?」

 「分からんけど、そうなっても不思議じゃない。世界中で普通の霊能者じゃかなわない事例も増えてるようだしな。ま、どっちかってっと、霊能者の質の低下も問題なんだろうが。」

 「低下、してるの?」

 「まあな。知ってるか?霊能者の質を下げる最大の要因。」

 「さぁ。戦闘経験が減ってるわけじゃなさそうだし、分かんないよ。」

 「それはな、人権、だ。」

 「人権?」

 「おおよ。飛鳥はもともと一般人だったろ?初めて能力を使った時のこと、覚えてるか?」

 「そりゃ、まぁ。」

 鬼に父さんを殺された、自分も殺されそうになった。忘れるはずがない。

 「死の危険、てやつだったか。そいつが一番、霊能力を高めるのに効率がいい。」

 「うん。」

 それは分かる。ただし、一つ間違えばそれは死だ。そうやって仲間はたくさん死んでいった。たまたま、一皮むけた奴だけが生き残った。

 「後は代々引き継がれる血だ。がここにも危険がある。血が濃くなれば、障害発生率はうなぎ登りだ。俺のようにな。」

 まったく、淳平はわかりにくいようでわかりやすい。

 普段は飄々としていて、僕のこともふざけてちゃん付けで呼ぶ。

 僕に対して真面目に接するときは、ちゃんが外れる。

 一人称は基本、僕。ふざけて僕ちゃん、淳ちゃん、あちし、等々。

 でも、本気の本気の時は、どんどん言葉遣いが荒くなって、一人称も俺になる。こうなってくると、人に対して、忖度とか容赦、建前なんかは、ほぼ無くなる。相手を攻撃する手段として使う時は別だけど。


 「やつらは、戦える手段としての不死者を大量ゲットできて、自分たちの人権を守るために、死の恐怖を超える恐怖を、俺たちに押しつけたのさ。そのツケがこの霊能者の質の低下だ。」

 吐き出すように言う淳平。

 ああ、そうか。こいつものらりくらりしてるように見えて、怒りを抑えていたんだな。何で自分だけが、僕も、ずっとそう思ってた。60年前ですら、あんなに頑張って戦ったのに、その結果がこれじゃあ、空しすぎる。ずっとそんなことばかり考えてる。


 「それでだ。飛鳥。これはチャンスでもある。俺たち、ザ・チャイルド、その中枢はなんだかんだ言ったってお前だ。この地球を、この次元を生かす、そう決めたのはお前だ。お前が決めて、俺たちは乗った。勘違いするな。お前に乗ったのは俺たちの意志だ。事実乗らなかった奴もかなりいたろ?だからお前の責任だなんて言うつもりはない。俺たちはみんな、この次元を救いたかった。あのときは間違いなくそうだ。だが今は?今はどうだ?今でも救いたいか?それともこの生をすべての存在と共に消したいか?俺たちにはその選択権がある。ザ・チャイルドのほとんどがお前に乗っかるだろう。もちろん、俺もだ。」


 不死者、は、何人も存在している。八百比丘尼、サンジェルマンといった、今現在、ここにいる人達然り。

 だけどザ・チャイルドと呼ばれる僕たちは、色々と規格外だ。もともと化け物と戦っていた、そもそもがそんな力を持った者達。しかも世界有数の能力者たちだ。そんなのが3桁の人数、不死者となった。不死者として人外やらと戦うコマを、人類は手に入れた。これを手放さないようにと、利権やら恐怖やらで為政者達は僕らを縛ったんだ。

 僕は、こんな風に僕らを戦いの道具にしか思わない、ひどい扱いをする人のために、彼らを守り続けなければならないのだろうか。


 「正直、分かんないよ。僕たちが戦わなければ、この次元なんてあっという間になくなってしまう。僕たちがあきらめたら、今の能力者が同じように、神に逆らってくれるのかな。そうして代わりに、戦ってくれるんだろうか。」

 「仮にそうであったとしても、新たな不死者は産まれないだろうな。覚えてるだろう?神はこの次元を捨てたんだ。」

 僕は、頷いた。

 「フフ、だとしたら、少なくともやや様みたいな不幸は産まれないね。」

 「フン、そうだな。不死者は打ち止めだ。」

 「僕と違ってさ、淳平たちはずっと産まれた時から、人類を守るんだってやってきたわけでしょ。なのに、もし僕がもういいや、って言ったら、守るのやめるの?そんなことできる?」

 「うーん、正直言うとな、小さい頃から、そんなことはどうでもよかったんだ。生まれ落ちて、この目のせいで失望された。だけど、この目は神の子の証だ、なんていう予言者の婆のせいで、祭り上げられ期待された。物心ついたときには、半分死んでるのが常態だったよ。死にかけで、苦しくて、でもそれが普通だと思っていて。自分は特別だから、これは誇らしいことなんだ、ってな。そうやって、実力はばかみたいに上がっていく。上がれば上がるほど訓練はきつくなる。それでもきついなんて、泣き言は言えない。知らない奴らにあがめられ、嫉妬され、それでも優雅に笑ってろ、だ。蓮華だって似たようなものだろ。他のザ・チャイルドの連中だって大半はそんなようなもんだ。人権?そんなもの考えてたら強くなれない。強くならなきゃ産まれてきた意味が無い。上に逆らう、とか、自分の気持ちを考える、とか、考えたこともなかったな。だからな、初めて飛鳥を見た時は、驚いたし軽蔑した。だけどな、なんか、眩しかった。」

 「なんだよ、それ。」

 「お前、ほんと、文句ばっかり言ってたもんな。今でもか。見た目だけはほんと美少女なのにな。」

 「うるさいわ。」

 「最初は、親父さんの敵を討つなら戦う、って言ってたけど、訓練とかめちゃめちゃ嫌がったろ。人権、とか言う言葉、あのとき初めて聞いたわ。ハハハ。」

 だいたい普通に生活してて、暴力に合うなんてないだろ?平気で中学生に殴る蹴る、あげくに武器をもって振り回すなんて、付き合いきれるはずもない。何よりも、僕が文句を言ったら、みんなが不思議そうな顔をしていたことだ。なんで暴力受けてる方が責められなきゃならない?


 「覚えてるか。初めて会ったときのこと。あの117の事件で、本来ならまだ実践に出ないようなもんまで集められたが、さすがに俺が最年少だと思ってたら、飛鳥だろ。しかも、どこの家にも所属してない、発現したばっかりのガキだ。年が近いってだけで、お守り役にされたけど、正直、途方に暮れたよ。なのにお前、『近づくな、化けもんどもが!』って言ったんだぞ。お前の方が化け物じみてるっつうの。全然使えないくせに、どんだけ霊力あるんだよ、ってみんなビビってたんだぜ。そのせいで、あちこちの家の横取りを恐れて、あんな形で投入されたんだろうけど、さ。」

 クックックッ、と何が可笑しいのか、思い出し笑いをする淳平。

 こいつはたまにその話をする。でも僕はその頃のことはあんまり覚えていないんだ。色々環境が変わりすぎて、心が追いついてなかったんだと思う。こいつとの出会いで覚えてること。猫なで声で、

 「お嬢ちゃん、飛鳥ちゃんて言うの?かわいいねぇ、僕とお友達になろう?」

ってにやにやと迫ってきた、ってことだけだ。大学生が中学生に、だぜ。単なる変態にしか思えなかった。しかも僕男だし・・・


 「ま、そんなことはどうでもいいか。俺としては、このまま人類平和のためにヒーローするのも良し、全人類巻き込んで不死の呪いを払拭するのも良し、飛鳥はどうしたい?て話だ。飛鳥一人で死にたい、とか言ったって、組織の力で蘇らされるのが落ちだし、これは散々経験してきたろ?だが、今回はザ・チャイルド総出でのストライキだ。よっぽどが無けりゃ、成功すると思うぞ。どうだ?」

 「どうだ、って言われてもね。そりゃ一抜けたってできれば喜んでするよ。でも、僕の決断で人類滅亡なんて後味悪いし・・・それにちょっと不安なんだけど、僕らって次元が消滅すれば死ねるの?」

 「・・・・その不安は、ある。」

 「もし、だよ。次元融合で人類滅亡したけど、僕たちは死ねなかったら、僕ら耐えれるのかなぁ。」

 「・・・そこだよな、やっぱり。」

 「僕に決めるのは、無理だよ。」

 「だよな。」

 「・・・・」

 「・・・・」

 「ねえ、今の話なんだけど、」

 「ん?」

 「僕が聞いて大丈夫だった?」

 「なんで?」

 「僕、これからしばらくさとりの末に張り付かれそうなんだけど・・・」

 「あー、だな・・・」

 「ザ・チャイルドが結託して、この侵攻ではストライキを計画してる、なんて知られたら拙い、よね?」

 「だな。」

 「どうすんだよ。」

 「あー、どうしようか。」

 二人してため息しか出ない、けど、マジでやばいんじゃ・・・


 その時、


 コンコン。

 ノック音がして・・・

 「お困りのようですが、ご相談に乗りましょうか。」

 にこにこ顔の設楽憲央が、海里善と共に現れたんだ。

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