コナトゥス
「コナトゥス」
オージュが呟くと、彼が持つ純ミスリルの
「ルッツェン公?」
窓際に佇むオージュは、憔悴しきった声に振り返った。
「たいしたことではありませんよ、バルタン卿」
ゾートーン伯の荘館、その客間。だだっぴろく飾り物だらけの部屋には、ルッツェン公爵オージュとゾートーン伯爵バルタンの二人だけがいる。
「一揆勢力の要求は、全て呑んでいただけるのですね?」
「……こんなことのために、あなたのご助力を求めたわけではないのだぞ」
「だとすれば人選を誤られましたね、バルタン卿。たしかにあなたは、
「相手はただの百姓だ!」
激昂したバルタンは、拳を机に叩きつけた。
「いくらか遡れば、カーネイも農奴でしたよ。曾祖父は、畑を耕しているときに見つけた古い石板で文字を覚えたのです」
「混ぜ返して……!」
「失礼しました。過去は老人にとって一番の楽しみなもので」
バルタンは両手で顔をぬぐい、深くため息をついた。
「謝罪の使者を、出させる」
「遺族への弔慰金を」
「分かっている!」
「交渉役としては、向こう数年の減免ぐらい引き出しておきたいですね」
「ああああ!」
バルタンは椅子を蹴り飛ばした。
「ルッツェン公! 私の舌に、あなたは決して消えぬ苦味を残したぞ!」
「
「くそっ! くそっ!」
バルタンは机上の調度品を腕で薙ぎ払った。オージュは一礼し、客間を後にした。
「があああ! 殺す! 殺してやるからな、オージュ・カーネイ!」
扉越しの絶叫に、オージュは苦笑した。
「ご苦労をおかけします」
うんざりしきった顔の使用人に声をかけ、オージュは足早に廊下を行った。
◇
なんか、いろいろ、いっぺんに起こった。
それ以外にどう表現したものか、俺には分からない。
神像を見つけ、ぶん殴って粉々に砕いた。
それと同時にいきなり光が差し込んで、地下牢の従者がぶくぶく膨らんで、爆発した。
爆発に飲み込まれて、死んだなって思った。
だが俺はなんだかけろっとしていたし、吹っ飛んだはずの従者もけろっとしていた。
「ああ……? なんだぁ? どうしちまった?」
ぼやーっと空を見上げる男の、首筋にあった青黒い痣が消えている。従者化が解けたのだ。
「ミカドさん!」
ニーニャが地下牢天井のふちからひょこっと顔を出した。
「おー! なにがどうなったの?」
「それが、わたしにも……」
「まあいいや、今そっち行く。あ、みんなちょっと待っててね、殿下と相談してくるから――神鳴、神鳴、神鳴」
一揆勢に声をかけ、バフを点し、ててっと宙を駆け上がる。
適当な護符で神鳴を押し出してからあたりを見回せば、ぐったりするニーニャ……に輪をかけてぐったりするパールの姿。
「なぜ私は……死ねなかった……首を刎ねていれば、こんなことには……」
ミスリルブロンズの鋳造砲。きれいさっぱり消滅した屋根。四つん這いで泣くパール。なにがあったかすぐに察した。
「しょうがないじゃんパールさん。だって相手は蕃神だよ」
声をかけてみたがパールは無反応。慰めるの下手だな俺。
「パール、その」
ニーニャがパールのすぐそばにしゃがみ、頭をなでた。
「しょうがないです。相手は蕃神なんですから」
え、慰めるの下手だねニーニャさん。
「今からでも……首を……」
こりゃだめだ。しばらくそっとしておこう。
「オージュ師匠にケツ持ってもらっちゃったかな」
「ルッツェン公が?
パールの頭をなでながら、ニーニャはこっちに首を向けた。
「賢者って広域にバフばら撒くジョブでしょ。あの人、とりわけめちゃくちゃべらぼうに規格外だから」
「うーん……そうかなあ。だって、あからさまに爆発してましたよ」
ニーニャはいまいち納得いってないようだった。まあ知らんからね、オージュ師匠のこと。これを機に分かってもらえれば俺も鼻が高いよ。
「ちょっと、なんですかミカドさん、その、なんか、後方理解者面。わたしの疑問は妥当なものだと思いますけど」
「いや、そりゃ無理ないよねニーニャさん。“ルッツェンの
「がー!」
「よし、落っこちた人助けよっか。ニーニャさん、よろしく」
「むぎぎぎぎぎぎ……きーちゃん!」
一揆勢は半壊した塔から中庭に移り、なおもぼんやりしていた。
「おれにもいったい、何がなんだか……」
ペーター・パーレット九等官もだ。彼は運よく鋳造砲の直撃を避け、わずかに残った床にしがみついていた。きーちゃんが見つけてくれなかったらやばかったね。
「
依代の名前を出すと、ペーターは青ざめた。
「それは、その」
「あの人、蕃神の依代だったよ」
ペーターはすとーんと腰を抜かし、口から泡を噴いた。
「資金援助とか武装とか、寧寧の差配でしょ? 知らなかった……で済むかどうかは分かんないけど、お互い生きててよかったね。いやほんと、皮肉抜きに」
「ペーターさま! バルタンからの、使者が! しゃっしょ、謝罪を!」
坂道を駆け上がってきた男が、ペーターに向かってぶんぶん手を振った。どうやらオージュ師匠はうまいことやってくれたらしい。
「ニーニャさん、そろそろばっくれ
「そうですね。ほら、パールも」
ニーニャは、まだどん底まで落ち込んでいるパールの尻をぱちんとひっぱたいた。パールはうめきながらのっそり立ち上がった。
使者にみんなが群がっている隙をついて、俺たちはこっそり荘館を後にした。
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