真なる望み

「あがっ、あがががが……」

「出たねあがががが」


 ミカドは笑って、クランクを掴んだ。


「これ回せばいいんでしょ、手伝うよ。火竜」


 ミカドの力で、レバーは水車のように高速回転しはじめた。床格子は突如として勤勉にきびきびと動き始めた。


「あれ?」


 がきっと音を立て、レバーの動きが止まった。


「なんだろ、なんか噛んでんな、石かなんか。いけっかなこれ」


 ミカドは首をひねりながらクランクを何度か押し戻しして、


「火竜!」


 護符チャームを点灯し、無理やり押し込んだ。


「あっ」


 当然の帰結として、レバーは折れた。

 根本からいった。


「う、うわー!? やばいどうしよう! ニーニャさーん! ごめーん!」


 折れたレバーを振り回し、ミカドは叫んだ。


「うそですよね!? うそですよねミカドさん! ご助力はほんとにありがとうございます、でも何してるんですか!」 

「ちょっと待ってて! 秒で挽回するから俺!」


 ミカドはしゃがみこみ、床格子に指を絡めた。


「ふんっぎぎぎぎぎぎぎ!」


 力の限り背筋を反ると、格子はミカドの掴んだ場所を基点に、熱された飴のように歪みはじめた。


「あこれいける、いけるわニーニャさん!」


 金属のへし曲がる凄まじい音が塔全体に反響した。内部機構が完膚なきまでに砕け、格子はゆっくりと持ち上がっていった。


「おらあ! 火竜!」


 駄目押しの護符を点灯し、更に力を籠める。格子が完全に浮き上がる。


「あはははははは! 素手で!」


 ニーニャはもう、ちょっとなんかわけ分かんなくなって爆笑した。直径二十メートルはあるだろう鉄の円盤が、一人の人間によって床から引きはがされたのだ。 


「従者のみんな! ちゃんと逃げてね! っせい!」


 ミカドは、鉄塊を反り投げにぶん投げた。

 円盤は螺旋階段を砕き、塔の内壁に突き刺さった。操られた人々が、瓦礫と共に地下牢へと落下していった。


「なんだあいつ! やばすぎるだろ!」「やべえよ、そりゃミカド・ストロースなんだから!」「逃げっ、押すな、ばか、落ちる!」「逃げ場なんかねえんだよもう!」


 退路を断たれた形の一揆勢は、階段の上で押しあいへし合いし、地下牢にぼとぼと落ちていった。


「よーし、全員収容完了だね」

「呆れたらいいのか、感動したらいいのか……」


 ニーニャのため息が上から降ってきた。


「やー、挽回できてよかったよ」

「降りていいですか」

「どうぞどうぞ」


 きーちゃんがニーニャを手放し、ミカドが伸ばした腕に、小さな体はすぽんと収まった。きーちゃんはそのまま、地下牢へと降りていく。


「みなさん無事みたいですね。痛がってますけど」


 片目を塞いだニーニャが言った。


「身体能力けっこう強化されんだね、従者化。あ! そうそう聞いてよニーニャさん! 儀式の中心がさあ!」

っ……!」


 ミカドの腕の中で、ニーニャが短く悲鳴を上げた。


「きーちゃんが……あれは、あっ、あっ」


 ニーニャはぶるっと震え、痙攣のように瞼をしばたたいた。


「どした! ニーニャさん!」

「うあ……」


 揺さぶられ、とろんとした瞳をミカドに向ける。


「あ、や、だ……ひゅはっ」


 鋭い呼吸とともに、深紫に縁どられた紺色の眼が、ふたたび知性の光を宿した。


「すみません、ミカドさん。儀式の中心についてですよね」

「大丈夫なの? ああそう儀式、そう、図書室じゃなかったんだよ! 蕃神の依代がいてぼこられた!」

「そうでしょうね。だって、わたしたちの足元にあるんですから」


 ミカドから降りたニーニャは、ぬるい風が吹きあがる地下牢を覗き込んだ。


「きーちゃんが最後に見たのは、神像でした。冒涜的な……蛭のような、なめくじのような……そこに、棘が。それ、で、きーちゃんが」


 恐怖の震顫しんせんを力づくで治めようと、ニーニャは自分の体を強く抱いた。


「なるほどね。ありがと、ニーニャさん」


 ニーニャの背中に、ミカドの手が当てられた。そのあたたかさで、震えはたちどころに止まった。


「じゃあちょっと行ってぶっ壊してくるよ。白梟シロフクロウ


 気安く言うと、ミカドは床を蹴った。サインに灯った護符チャームが、残光の尾を曳きながら暗がりに消えていった。


「本当にミカドさん、尋常じゃないですよね……パール? あれ? パール! パール・バーレイ!」

「はい、殿下」


 応じる声に振り向いて、ニーニャは息を呑んだ。

 うつろな目をしたパールが、ミスリルブロンズの鋳造砲を塔に押し込んでいたからだ。


「その……パール? なにを、しているんですか」


 ニーニャは答えの分かりきった問いかけをした。パールは無言で、砲口に仰角を取らせた。


「いつ、から」


 口にしながら、もう察している。小杖の射撃をリプレースで引き受けたときだ。あの銃弾には、蕃神の棘が込められていたのだ。


「殿下。私に、死ねと命じてください」


 鋳造砲に魔力を込めながら、パールは震える声で言った。


「あなたの、声であれば、私は……蕃神の束縛であれ容易く振り切り、ただちに、自らの首を刎ねるでしょう」

「でも、あなたはパールなんです!」


 ミスリルブロンズが、青い魔力の光を帯びる。砲弾は塔の屋根をぶちぬき、地下牢の従者に陽光を投げかけるだろう。


「我が、真なる望みは」


 誠忠の言葉を口にしながら、理性の抜け落ちた瞳は、狙いを定めている。


「友として寄り添うのではなく、盾として……」


 鋳造砲から、魔力の弾が吐き出された。高速飛翔した砲弾が天井を貫いた。

 朝陽が降った。

 

 光に触れたパールの体が膨張し、鎧を弾き飛ばし、閃光が、次いで爆轟が――


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