星辰剣士
「てけ……り……り……」
木からずるずる滑り落ちて、肉キノコは苦しげにのたうった。
「これで死なないのかあ。参ったな」
指を開いて、また握る。素手での攻撃は、肉体への負担が大きい。あんまりぼこすか殴り続ければ、先にこっちの拳が砕けるだろう。昔は平気だったんだけどな。十年に及ぶ子ども部屋暮らしで体がだるんだるんになっちゃってる。
「ストロースの、ミカド……」
グールが、よろよろ近づいてきた。
「ガッシュ、生きてた? よかったよ」
「悪いと思っている。肉キノコは、おれたちが連れてきたものだ」
「まあそうだろうね。あんなのけしかけるつもりだったの?」
「あれは、おれたちの食糧だ。しかし、生きているはずがない。なぜならおれたちは肉キノコを干し、
「まあね、ケアレスミスってあるよね誰にでも。あごめん、これちょっと借りるねパールさん」
俺は地面に落ちていた剣を拾い、軽く振って重心を確かめた。
最初に点した神鳴が解け、体ががくっと重くなる。
「そういやこないだ言ったっけ。ぶちのめしたら教えてやるって」
ガッシュはしばらくぽかんとしてから、苦笑した。
「教えてくれ、ストロースのミカド。おまえの強さを、おれは知りたい」
「見せるよ。
星辰剣士。
俺が使えるのは五つの星辰と、五つの宮。一つの護符につき、効果時間は三分。
いま点灯しているのはSTR強化の
「てけりりりりりりり!」
ようやく復帰した肉キノコが、触手をうねらせながら襲い掛かってきた。
俺は、剣を無造作に振った。
ひゅぱっと音がして、斬撃が肉キノコの体を通り抜けていった。
「て、け」
化け物の上半分が斜めに滑り落ち、べちゃっと地面に広がった。
「火竜が二つで、こんな塩梅」
俺は絶句するガッシュに向けて説明した。
「護符一つの強化倍率は三倍、重ねがけで累乗する。つまり、二つで九倍だね」
「……ばかげている、というより、おれは卑怯だとすら思う」
「同意しかできないよ。でもそういうもんなんだ」
真に鍛え上げられた星辰剣士は、戦場において、意思を持った攻城兵器と評される。
だからといって、なんでもかんでも救えるわけじゃないけどね。
俺はすたすた歩いていって、ぷるぷる震える下半分をなます切りに斬り刻んだ。
「てっけっけっりっ」
刃が肉に入るたび、肉キノコは痙攣したように鳴いた。最悪の気分だった。俺はこいつと敵対したかったわけじゃない。
「ミカド! 浴びたら死ぬ!」
ガッシュが端的に叫んだ。なかば地面のシミと化していた上半分が、俺に向かってミンチになった肉ジュースをどばっと吹きかけてきた。
なるほど、毒か。浴びたら死ぬんだろうな、実際。
「
しぶしぶ、護符を点灯した。俺の体をびっちゃびちゃにしたミンチは、あまりにも臭くてぬるぬるしててなんかもうそれだけで惨めな気持ちになった。
「死んでいない? なぜストロースのミカドは死ななかった」
「花冠はデバフ耐性の護符だよ。一つでいけっかなーと思ったけど、まあいけたわ――神鳴」
AGIを強化し、俺は肉キノコから遠ざかった。
「これちょっと借りるね」
戦いをぽかんと見守っていた荷駄部隊の兵士から、
「
また挽き肉を浴びせられるのは嫌だ。とにかく臭いし。だったら、遠くから撃ちまくればいい。
肉キノコは、肉片同士を引き合わせ、一つの塊に戻ろうとしていた。
ミスリルアイゼンの照星に魔力を流し、魔弾をぶっ放す。着弾点が、ぼッと音を立てて円形の霧と化す。
二度、三度、立て続けに撃つ。消し飛び、焼け焦げ、灰になり、肉キノコは穴だらけのどす黒いエメンタールチーズと化していく。
五発目で、照星が砕けた。小杖は連発を想定していない。短時間で魔力を流されすぎたミスリルが蒸散してしまったのだろう。
「ごめん、壊しちゃった」
小杖を返して振り向くと、肉キノコは再生を始めていた。切っても撃ってもぜんぜん体積減らんな。
「肉キノコは、母神からグールへの贈り物だ。つまり神に近く、強い」
ガッシュが、更にうんざりするような情報を付け足してくれた。
「あんたらこれ食ってんの? 日常的に? まあ飢饉とは無縁だろうね」
さて、どうしたもんかな。
「てっけっ……り、り……」
弱ってはいるが、見逃すわけにはいかない。なにか食ったらまた元気に大暴れするんだろうしな。
俺は頭の中でいろんな選択肢を展開した。のんびり戦いながら弱点を探す? 却下だ。めんどくさい。
「火竜」
俺は空白の
「火竜」
切っても撃っても再生する、なるほど、分かりやすい強さだ。
それならこっちも分かりやすくやろう。
「火竜」
俺は肉キノコの前まで無造作に歩いていった。
「火竜」
前にした右手の拳を柔らかく握り、肩から指先まで、脱力を行き届かせる。
「火竜」
全ての宮に、火竜を点す。
バフの倍率は一つで三倍、重ねがけで累乗する。
五つ同時に点灯すれば、三の五乗で二百四十三倍。
この一撃は、
踏み込みながら相手を殴打するだけの、技と呼べない技を、人は畏れた。
畏れて、名付けた。
空から
「
摩擦によるプラズマの青い尾を曳きながら、最短距離を最速で、拳が奔る。
音速をぶち破った腕は、円錐状の煌めく
触れるより早く、肉キノコの体は気化しはじめた。
拳は空気を煮えたぎらせながら容赦なく突き進み、肉キノコを構成するありとあらゆる物質を消し飛ばした。
素早く拳を引き、しかし、二発目も残心も必要なかった。
肉キノコがあった場所には、なにもなかった。
真っ赤に灼けた土が、ぐつぐつ沸騰していた。
俺の腕も、もちろん、無事ではなかった。ぶすぶすに火傷し、ただれた皮膚に焦げた服がへばりついている。腕を動かすと焦げ目がぱりっと割れて、なんか、血ではないとろっとしたものが流れ出た。
めちゃくちゃ痛いし泣きそうだし吐きそうだし最悪の気分だったが、俺は、いや平気ですけど。の顔を貫いた。
宙に漂うわずかな灰を風が吹き払い、その後は静まり返った。
全員、口を半びらきにして俺を見ていた。
「はい、終わり」
俺はぱんと手を打ち鳴らしてみた。血とか変な粘液とかが手のひらからだらーっと垂れた。痛すぎるんだけど。
こんなに体を張ったというのに、なんの反応もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます