316.忘却の呪い

 お爺ちゃんは一旦魔族達を休ませると、僕と二人っきりになり、話してくれた。


「俺が生まれた時、エクシア家の長男として大きく期待されていた。だが、俺は何故か皆から忘れられてしまう存在だった……自分を産んだ母ですら俺の存在を忘れる時があった。不思議と目に入れば思い出してくれたから、それは助かったのだが……俺が学園に入った時も三年間屋敷では誰も俺の存在を知らずにいたのさ。

 その頃かな……漸く、自分がそういう・・・・存在なのだと理解出来たよ。だから、出来る限り自分の存在を認めてくれる人を探した。全員が全員、ずっと忘れる訳ではなかった。理由は分からないが、中には忘れない人も存在していたのさ」


 お爺ちゃんが寂しそうな表情のまま、お茶を飲んだ。


 当たり前のように話しているけど……自分を忘れられるって……想像しただけで寂しさが分かる。


 ううん、僕はここ最近、三か月間忘れられた時期があったから、その気持ちを多少は理解しているつもりだ。


 僕を思い出せない奥さん達を見ていて、良い気分が全くしなかったから……。


「その頃かな、俺の事を明確に認識出来ている女性を見つけたのさ」


 明確に認識出来る女性?


「しかも、彼女も俺と同じ境遇だという……だから俺達は直ぐに打ち解けた。それから二年…………アグウスが生まれたんだよ」


「ではその女性というのは、お婆ちゃんですね!?」


「そうとも……しかし、アグウスを産んだ彼女は、俺の元を去って行ったんだよ」


 そんな…………どうして……。


「最初は……そりゃ悲しんだよ。毎晩のように浴びる程酒を飲み……そんな生活を三年も繰り返していたね、その頃、既に領主となっていたが、エクシア領主は知っていても、俺の事を知っている人が殆どいなくてね……エクシア領は疲弊していくばかりだったのさ……そんな時かな、三歳になったあいつがね。「エクシア領は僕が守る!」と小さな身体で一生懸命に走り待っていたのさ…………あの時は、アグウスに助けられたな~」


 ふふっ、お父さんの子供の頃の走り回る姿が目に浮かぶね!


「それから十二年。俺は妻の事を調べつつ、アグウスを育てた。そして、アグウスが十五になり、直ぐにフローラ嬢と結婚したからそれをきっかけに領主も渡したのさ、それがエクシア領の為になると思っていたからね」


 お父さんが領主になったのは、大人になって直ぐだったと言っていたのを覚えている。


 冗談でお爺ちゃんの事を「渡すのが早すぎるんだよ! バカオヤジは!」って酒の席で聞いた事があった。


「あれから色々調べてみたら……妻は……クロウのお婆ちゃんは少々特殊・・・・な種族だという事を知ったのさ」


「特殊な種族?」


「ああ、元々耳が尖ってはいたけど、人族と何ら変わりがないように見えたんだが……どうやら人族ではなく、エルフ・・・族という種族だったようだね」


 エルフ族!?


 エルフって……確か、ウリエルのダンジョンの九層にいるシエルさんもエルフだったよね?


「調べるうちに、妻がこの『暗黒大陸』に渡った事までは掴めたのさ……それからどうにかこの大陸まで辿り着いたが……残念な事に、未だ妻の行方が掴めていないのだが、最近この連中を助けた時に、親分と慕われてしまってね。今はここで世話になっているのさ」


 少し照れるお爺ちゃんだった。


 お爺ちゃんも人助けるのに迷いがないみたい!


 お爺ちゃんの孫で嬉しい!




「お爺ちゃん! 僕にお爺ちゃんの病気・・を見させてください!」




「ん? 俺の病気?」


「はい! お爺ちゃんの事を忘れるのは……とある病気の所為なんです」


「!? そ、それは本当なのか?」


「はい、お爺ちゃんの病気は……」


 僕の言葉にゴクリを息を呑むお爺ちゃん。


 そして、僕はお爺ちゃんに病名を告げる。




「それは、『忘却の呪い』という病気なんです」




「『忘却の呪い』…………それの所為でみなが俺の事を忘れていたのか……」


 僕は頷いた。


 そして、


「お爺ちゃんの病気、僕に治せるかも知れません! 試してみてもいいですか?」


「!? ……そうか、クロウにはそういう力もあるのか…………ぜひ、お願いしてもいいかな?」


「勿論です! お爺ちゃんの為なら! では……『エクスヒーリング』!」


 僕の『エリクサー』と『ソーマ』の合わせ回復技が部屋中に広がった。


 その眩しい光がお爺ちゃんを優しく包んでいた。




 もう一度、精霊眼で確認する。


「お爺ちゃん! 治りましたよ!」


「!?」


 お爺ちゃんは大きな涙を流し、僕を抱きしめてくれた。



 そして、部屋の外から「「「ヴィン親分!!」」」と魔族の皆さんの声が聞こえてきた。




 ◇




 ◆エクシア家屋敷◆


「あら? …………貴方!」


「! フローラ……」


 アグウスとフローラがいきなり顔色を変え、見つめ合った。


「今すぐにお父様を探そう」


「ええ。最後の手紙が来たのは…………確かここに……」


 二人は思い出したかのように、ヴィンセントから来た手紙の箱を開けた。


 既に十五年以上前の手紙が入っていた。



「アグウス。身勝手な父を許して欲しい。これから俺はとある場所に向かう事になる。そこにお前の母がいるかは分からない……だが、必ず俺が助け出してみせる。いつになるかは分からないが、帰ってきた時には孫を抱かせて欲しい。それでは行って来る。父より。」



 アグウス達は急いで屋敷を出て、アカバネ大商会に向かった。




 ◇




 その日。


 人々は一人の男の存在を思い出した。


 理由は知らない。


 だが、全てのグランセイル王国民から貴族、王までもがその名前を思い出した。


 ――――ヴィンセント・エクシア。


 エクシア家の前領主。


 そして、


 『槍聖』ヴィンセントを。

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