291.消失間の出来事②
第三婦人のディアナ。
彼女が取り組んでいたのは、セナの大きな軍隊編成と違い、個別隊の編成に勤しんでいた。
彼女の父親であるアレウスは、アカバネ大商会の警備隊の指南役である。
そんなアレウスを幼い頃から見習ってきた彼女は、多よりも個を意識する力が強かった。
更に、彼女自身も多くの兵に指示を出すより、小隊として動いた方が得意であった。
いち早くその力を理解した本人は、少数精鋭の小隊を作っていた。
何故かは分からないが、自分が弱いという自覚。
最強戦士『戦慄の伯爵』にも動じなかった彼女であったが、何故か記憶の片隅に自分の弱さを悔いる記憶があった。
――もしかして、旦那様は私より遥かに強い存在で、私の存在価値がないかも知れない。
そんな事が脳裏に浮かんだ。
だから、彼女は自分が出来る事を精一杯しようと決断し、セナを見習いアカバネ島で少数精鋭の小隊を作り上げた。
第四婦人ナターシャ。
彼女は他三人の婦人と違い、戦闘能力がなかった。
なので、普段からアカバネ大商会の裏方として、或いは代表として動いていた。
そんな時、自分の胸に大きな穴が空いたような感覚があったが、その度に指輪を撫でると安心感を得た。
そんな彼女が考えたのは、他三人の婦人達は戦いになっても戦えるのに、自分はただ見るしか出来ない事だった。
いつもなら、それが当たり前だと思っていたはずだ。
しかし、こうして空しさを感じていて、セナの活躍を目の当たりしていると、自分にも何か出来ないだろうかという考えに辿り着いた。
彼女が頼ったのは、レイラとヒメガミ、そして魔族達だった。
戦う術はないが、戦いに参加する方法を考える日々を送る。
魔族達六人も、怖い婦人達より、ナターシャの優しさに触れ、人族が敵ではないと考えるようになっていた。
そこで、セナにボコボコにされて連れてこられたビショくんから、思いもよらない事を言われる。
「魔族の中にも戦闘能力が低い魔族がいます、僕みたいに……、でも僕達が戦える理由は、ある程度の弱いモンスターを支配下に置く事が出来るんです。そうすると弱いモンスター達も僕達の力を受けて強くなるんです」
モンスターを従える。
更には自分の支配下になる事で強くなる。
その事が妙に心に引っかかった。
ナターシャは魔族達やレイラ、ヒメガミのアドバイスを受け、モンスターを手懐ける練習を行ってみるも、結局は何も変わらなかった。
そうやって一か月間、ナターシャは出来うる可能性を信じ、色んな事を懸命に励んだ。
記憶にはないが、誰かの為だけに懸命に生きて来た期間がある。
その期間は決して無駄ではなかった。
彼女は――――人類史上初めて、『祝福』された人となったのだから。
◇
アグウスとフローラもまた、クロウティアが消えた三ヵ月間、心に大きな穴が空いた気持ちであった。
最初はお互いに心配されまいと、気丈に振る舞っていたのだが、お互いの事を良く理解している夫婦であった為、直ぐにバレてしまった。
それからアグウスとフローラは、それが何の違和感なのかを考える事にした。
そうして彼らはあらゆる事象に目を向けた。
その中で、最も違和感があったのがアカバネ大商会だ。
かの商会はグランセイル王国から始まり、今では自分達も大きく関わっている。
何時ぞや、いきなり訪れた現総帥と副総帥と取引を交わしたはずだ。
しかし、何故あんなに簡単に取引していたのかを思い出せずにいた。
更にアカバネ大商会の魔道具だ。
魔道具隊が結成されたのは、アカバネ島が完成してからのはず……。
自分達の記憶では、その前からあった記憶がある事に違和感を感じ始めていた。
そこで、ふと書庫を覗いていたアグウス。
そんな時、自分の父親の事を思い出した。
あの父親は不思議と誰からも気にされない人だった。
領主になっても、誰からも、領民からも見向きもされなかった。
そして、もう一つ。
エクシア家に代々継がれてきた『魔導書』がなくなっていた。
父親から大事に守るように言われていたはずの『魔導書』である。
残念な事に、その本は決して開く事が出来ずにいたはずだ。
何故かは分からないが、フローラと共に『魔導書』を誰かに渡した――――そんな気がした。
記憶にはないが、きっと『魔導書』は渡すべき相手に渡してある……そう信じる事にした。
二人とも、記憶にはない、誰かの無事を祈るのであった。
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