285.クロウティアの消失
「ダグラスさん」
「アカバネ大商会の総帥」
「ディーゼルさん」
「私のお父さんね」
アリサ、セナ、ディアナ、ナターシャは何人かの知っている男性の名前を話し合っていた。
そもそも、何故こういう事をしているのかも分からずに。
「アグウスさん」
リサの言葉に、他の皆が反応した。
「エクシア家の当主様ね」
「エクシア家……確か、アカバネ大商会を支持している大貴族様ね」
「……」
そして、四人の間に沈黙が流れた。
『エクシア家』に何か、懐かしい響きを感じる。
「そう言えば、セナちゃん?」
「う、うん?」
「セナちゃんは……どうして『エクシア家』を破門されたんだっけ」
「え……えっと……、私がアリサちゃんを誘拐……したと発表したから?」
アリサはその言葉の何処かに引っかかりを覚えた。
「帝国を救う為にセナさんには犠牲になって貰っていたよね…………どうしてだろう?」
「どうして?」
アリサの言葉に、ディアナが疑問を思った。
「確かにセナさんは素晴らしい方だけど……帝国を救う為
左手の指輪を撫でながら、アリサはそう続けた。
「私は……アリサちゃんの為に…………」
セナの表情が曇る。
確かに、アリサの為に自分が犠牲になったはずだ。
それは間違いない事実である。
平和になった帝国の反乱を防止する為に、自分が犠牲になる事にしていた。
でも、それは――――本当にアリサの為
もっと大切な理由があったはずだ。
自分は名前を、家を、無くしてでも守りたかったモノがあったはずだ。
「私、何かを守りたかった――――――そんな気がするわ」
セナの言葉に、皆も似たような感覚があった。
特に、左手の指輪を撫でていると、ますますそう思えた。
何か……思い出さなければならない事がある気がした。
割れたティーカップの破片がテーブルの上に置いてあった。
誰の為のティーカップなのか、思い出せない。
どうしてか、悲しい感情が溢れてる。
――どうして、こんなに不安な気持ちになるのか。
そんな時、ソフィアが現れた。
「あら、ソフィアちゃん。いらっしゃい」
セナがソフィアを抱える。
【あのね…………、私、おかしい事……言うかも知れないけど……】
ソフィアが申し訳なさそうにしていた。
こんなに落ち込んでいるソフィアを見るのも
【あ、あのね? なんかね…………私、ご主人様がいた気がするの】
「え!? ソフィアちゃんのご主人様、いたの!?」
ソフィアの言葉に皆が驚く。
『アルティメットスライム』。
史上最強の魔物にして、大陸の最大の危機を乗り越えられた最大の功績者である。
ソフィアの手助けが無ければ、前教皇であり、魔族であった『エデン・デュカリオン』を倒す事など、出来やしなかった。
――それが、今の全ての人々、ここにいる彼女達の認識だった。
【えっとね、確証はないんだけど……】
「ないんだけど?」
ソフィアは指輪を二つを目の前に取り出した。
「これは……私達が付けている指輪ね? ソフィアちゃんが作ってくれたの?」
【ううん、私が作った覚えが一切ないの。でもね……この指輪ね。私の一番大事な場所に入っていたの】
「一番大事な場所?」
【うん、私の命の核の中に、大事に仕舞っていたの、皆も同じ指輪を付けていたから……】
「確かに私達が付けている指輪と同じ指輪だものね……それが更に二つ?」
「う~ん……でも、この指輪は今まで一度も使われてないと思うよ」
指輪を装着した気配が一切ない。
【あのね、その指輪と皆の指輪を比較するとね……もしかしたら、もう一つ指輪があると思うの】
――――もう一つ。
その言葉に、彼女達の表情が険しくなる。
結婚指輪。
ここにはない、もう一つの指輪。
そして、ソフィアのご主人様。
「私達がここにいる事も、私達に共通の知り合いが多いのも……ソフィアがここにいるのも、もしかしたら、最後の指輪の持ち主のおかげ?」
ふと、セナがそう話した。
「何故疑問に思わないのだろう? 私達が全員同じ指輪をしていて、同じ部屋で
アリサは疑問を口にした。
「私、このヘアピン……誰かに貰ったような気がします」
ディアナは、いつも愛用しているヘアピンを優しく撫でた。
触れる度に、誰かの優しさが伝わる気がしていた。
今では、それは癖のようになっており、皆も度々その姿を目撃した。
「ねえ、皆、私って、元『アイドル』なんだったよね?」
ナターシャの言葉に皆頷いて返した。
「どうやって、私は『アイドル』になったのだろう」
「え? どうやって……って?」
「アカバネ大商会は凄いわ。お父さんとダグラスさんも頑張ってくれたけど……何か忘れている気がするの」
そんな事を話していると、慌ててダグラスとアヤノとディーゼルが訪れて来た。
「ダグラスさん? 皆さんがここにくるなんて、珍しいですね?」
「え、ええ、ちょっとおかしいと思うかも知れませんが……何でしょうか、急に呼ばれたような気がしたので……」
彼女達に彼らも混ざり、お茶会になった。
「ダグラスさん、アカバネ大商会って、どうやって出来たんでしたっけ?」
「アカバネ大商会ですか? ふむ、自分が開いた……ん~」
「ところで貴方? 商会の名前はどうして、アカバネなんですか?」
「え? 特に意味はない……ような?」
「ダグラスさんが偶々手に入れた薬で、ディーゼルさんとナターシャさんを助けた……でしたよね?」
「え? そうですね。何処で手に入れたかは忘れてしまいましたが……」
皆、それぞれ、頭に霧が掛かっているようで、何かを思い出せないでいた。
「あれから、ダグラスさんの発案で、私が『アイドル』になったんだよね」
「ええ、ナターシャ嬢には頑張って頂きまして、ありがとうございました」
「いいえ、私は自分がそうしたいと思っていたから頑張れました……何かを、とても大事な、何かを守る為に」
「何かを……守る為に?」
「ええ、私達、同じ指輪をしているでしょう? しかも、左手の薬指に」
ナターシャが左手を前に出した。
「確かに……皆さん、同じ指輪を……薬指に……」
ダグラスとアヤノが左手を前に出した。
――結婚指輪。
「やっぱり、この指輪って結婚指輪だわ。間違いないわ」
ナターシャはそう確信する。
彼女達もまた、同じ事を思う。
自分達には――――
「私達に同じ旦那様がいる?」
「そして、その人は、ソフィアちゃんのご主人様でもある」
誰かは思い出せない。
しかし、彼は自分達にとって、かけがえのない大切な存在だという事を、心で知っているかのようだった。
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