172.祭りが終わり①

 ◆グランセイル王国と共和国の全土◆


 十三回目のアカバネ祭りが終わり、次の日。


 世界は大きく躍進した。


 大陸南半島の全ての町で、多くの店の前に『プラチナエンジェルの天使の輪』印が掲示された。


 それすなわち、『アカバネ商会』と提携しているお店と言う事だ。


 まず、注目すべき所は、全ての店の値段が均一化された事だった。


 それぞれの食材屋だったり、資材屋、雑貨屋等、全ての品の値段が一定化している。


 それに加え、それぞれのお店で売っている物の種類や量も一定化していた。



 例えば、バレイント領では畜産業が盛んで肉類が安い、しかし、エクシア領のように農業が盛んな領は肉類が高い。


 しかし、今ではどの町でも売っている肉類の種類も値段も量も同じだった。


 これは『アカバネ商会』が全てのお店に均等に卸しているからだった。


 中には鉱山業を中心に行っている町では、酒類や衣類等が多めに卸されていたりはするが、過剰に何処かを贔屓する事は一切なかった。



 この日を境に、『アカバネ商会』ではモノを売らなくなった。


 以前から売られていた商品は、周辺の多くの店で売られている。


 その中でも有名だった『プラチナエンジェル水』だが、この飲み水は何故か販売中止になった。


 惜しむ中、『プラチナカード』のポイントが一定値を超えると『プラチナエンジェル水』をタダで貰える仕組みになった。


 この事により、『アカバネ商会』に売る者だけでなく、『プラチナカード』が使えるお店で買い物をしてもポイントが貯まるので、多くの買い物客が歓喜した。


 全ての支店には『プラチナエンジェル水』交換専用窓口が外側に設置され、『プラチナカード』を提示するだけで速やかに『プラチナエンジェル水』だけを貰える便利な窓口が出来た。


 これは通称『水の交換所ドライブスルー』と呼ばれる事となった。


 貰うのに一切の手間と時間が掛からないので大好評だった。




 そして世界が変わったもう一つの大きい点は、衣類だった。


 まずは、売っている服の値段が劇的に安くなった。


 これにより、何が起きたかというと――――。


 平民達のお洒落に対する意識だ。


 今まで多くの平民達にとって、お洒落はただの憧れ・・に過ぎなかった。



 しかし――。


 アカバネ商会の提携店の服屋からとんでもない事を起こした。


 今まで憧れだった、派手な服が激安値段で売られるようになったからである。


 そもそも服も『複製』する事が出来ず、一つ一つ手で『制作』していた。



 しかし、アカバネ商会はどうやってか、全ての提携服屋に同じ服を大量且つ安価で提供した。


 更に驚く事に、古着となった服は今まで二束三文の値段のモノを高額で買ってくれるようになった。


 高額と言っても、今までに比べてだが――――それでも今までタダ同然で売っていた布が今では食事が出来る程度には売れるようになった。


 その事も相まって、多くの人は今まで貯めていた古着を全てアカバネ商会に売り、その金で新しい服を買いに行った。



 昨日行われた『アカコレ』。


 たった一日でその効果が凄まじく、それぞれ服に買い手の人達からは『ナターシャ嬢の服』だとか『セレナディア嬢の服』だとかの呼び名で呼んでいた。



 その中でも一際、沢山売れた――いや、一瞬で完売した服が二種類あった。


 『女神アリサ様の服』と呼ばれている服だった。


 彼女が着ていたドレスは勿論の事、次から披露していた平民服や、高級服もまた一瞬で完売した。



 しかし――。


 そんな彼女の服よりも早々に完売した服があった。


 何故か男性用服なのに、買い手の人々は『女神クロウティア様の服』と呼んでいた。




 大陸の長い歴史の中で、その服は数が少なく、業界では物凄い特別な高額値段になっているのにも関わらず、買った者は誰も売らず、全て飾り用服となり、大陸の長い歴史の中でも類を見ない、服として最高級品となるのは、クロウティアの知らない事だ。




 ◇




 貴賓室には僕、セレナお姉ちゃん、リサ、ディアナ、マリエルさん、そして――イカリくんがいた。


 向こうにイカリくん一人がいて、その正面にマリエルさん、そしてその後ろに僕達が見守っている感じだ。


 実は昨日の祭り前、イカリくんはマリエルさんに全て話したそうで、本日はマリエルさんから大事な話があるとここに集まった。


「イカリちゃん、覚悟は出来ているのね?」


「――――はい、僕はマリエルお姉ちゃんが生きていただけで、満足です」


「そうか……」


 マリエルさんが悲しそうな表情をした。


 実は、イカリくんが『爆破用兵器魔道具』で、アカバネ商会の多くの従業員を狙っていた事が問題になった。


 イカリくんへの制裁は、既にマリエルさんとダグラスさん達が決めてきたそうだ。


 僕は全く教えて貰ってなかった。


 僕の親友として――――


 と言おうとした時、マリエルさんからそれ以上は言ってはいけません、と止められた。


 確かに……商会の従業員達を狙ったのは紛れもない事実だ……。


 でも……。


 その元凶は僕にもあるので、僕はハラハラしながら二人のやりとりを食い入るように見つめていた。



「我々アカバネ商会は――――全て・・クロウ様のためにあります」


 イカリくんが一瞬僕を見つめた。


 そして、諦めたように、納得したように、マリエルさんを見つめ直した。


「イカリちゃん、君には二つの選択肢があります。これは我々アカバネ商会の総意です」


 自然と僕の手に力が入った。


 でもその手に優しく触れる手があった。


 セレナお姉ちゃん――


 お姉ちゃんは笑顔で頷いた。


 信じて見守りましょう――――と言っているかのようだった。



「一つ目、クロウ様の敵対関係になり、ここで――死んで貰います」


 そ、そんな…………。


 それだけは絶対阻止したい。


 いや、絶対阻止する。


「二つ目、クロウ様の――――親友として、これからもクロウ様と共に生きて貰います」


 え?


 イカリくんも驚いた。


「私達の命は大した事ないのよ。私達の願い、それは……クロウ様の幸せなの、例え自分達の命を脅かされようが、イカリちゃんがクロウ様の友人でいてくれるのなら、クロウ様もきっと喜んでくれると思うの。だから、我々は命を狙われた事に対しては、何一つ不満を持っていないわ――――と王都支店の全ての従業員達からの……伝言よ」


 それを聞いたイカリくんは泣き出した。


 マリエルさんも涙を流していた。


 マリエルさんもずっと心配していたに違いない。


 イカリくんはずっと「ごめんなさい」を繰り返した。


 彼の言葉は、この事件の一端でもある僕にも深く刺さった。




 僕は家族だけでなく、従業員達……仲間達にも恵まれたなと嬉しかった。

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