第43話 働き方改革

 ◆ディアナ◆


 私はとある病気を患っている。


 これは黒狼病こくろうびょうと言って、銀狼族の中で稀に生まれるという黒銀狼の職能を授かった女性にのみ発症する病気だ。


 私のお父さんもこの黒銀狼の力を持った特別な人だけど、更に珍しい事に子供である私も黒銀狼の力を授かった。


 職能開花した5歳に発病し、私は1年と生きられないと言われてしまう。


 そこから体が徐々に弱って、今は立つ事も出来ない。


 そんな私を両親は決して見捨てなかった。


 両親は最後の望みを掛け、知り合いの伯爵様に駆け寄り、契約奴隷になった。


 条件は私の病気を治して貰う事。たったそれだけ。


 たったそれで両親は一生逃れられない条件に自ら志願したのだ…………。


 全て私のせいで…………。



 1年間、何人か私の病気を治そうと挑戦したけど、一切効かなかった。



 それから、もう自分の余命があと僅かだと悟った。


 出来れば、両親には私の事を忘れて、元気に生きて欲しい。


 でも両親から最後まで一緒にいると言ってくれた。



 あれから何日経ったんだろう?


 痛みも感じなくなり、あと数日で私は亡くなるのだと……。




 だから全てを諦めていた。




 そんな時だった。今まで感じた事もない暖かな光が私の中に入ってきた。


 瞬く間に私はその光に包まれる。


 それから声が聞こえる。


 男の子の声だった。


 透き通ったその声につられて目を開けてみた。


 

 そこには綺麗な黒髪に綺麗な顔立ちをした碧眼の少年がいた。


 あまりの綺麗さに最初はお人形さんかなと思ってしまった程だ。



 彼から、僕の従業員になるなら助けてあげると言ってくれた。


 何故かとても信頼出来る。


 だから彼にお願いした。



 それから私と両親は彼に買われ、彼のいる屋敷に着いた。


 2階くらいの大きい建物に私達と一緒に30人くらいの奴隷さん達が集められた。


 みんなどこか痛んでる人達ばかりで、手や足がない人もいる。


 あの時、助けてくれると言っていた少年が現れた。


 名前は『クロウ』様というみたい。



 そして彼は、前祝いだと言いその両手から凄く眩い光を放った。


 その光が私達全員を包む。



 暖かくて優しくも力強い光だ――――――彼のように。



 気が付くと、私の苦しんでいた身体から全ての痛みがなくなり、これで病気が治ったと直感で分かった。


 私以外にも手や足が無かった人は手や足が生えてきたり、病気の人達もみんな治ったように見える。


 片目が病気で無くなったと言っていた人も包帯を取るとしっかり目があった。



 それから私達みんなは夜明けまで泣いた。


 嬉しくて、こんな奇跡みたいな事が起きるんだと、生きてる事がこれ程嬉しい事なんだと。



 途中から美味しい匂いがする。


 これから私達の上司になるという方から歓迎会だと、いっぱい食べ物を並べてくださった。


 こんな美味しいご飯を食べた事なんて今までない。


 お母さんの手料理も美味しいけど、申し訳ないけどこちらの料理の方が美味しかった。



 その日から私達は生まれ変わった。


 ここまで助けてくださったクロウ様に報いるために、私達は自分が出来る事を誠心誠意でやると誓った。


 上司であるディゼル支店長様から仕事の内容、休日の話、給金の話をしてくださった。


 私はよく分からなかったけど、皆さんはとても奴隷としての待遇ではないと、貰えませんと声をあげた。


 でもディゼル支店長様の隣に立っていらしたダグラス会頭様から「もしこの待遇に恐れ入る者がいるなら、それを物ともしないくらい働いて返しなさい。それがオーナーであるクロウ様への恩返しだ」と仰った。


 みんな覚悟を決める。


 もちろん私も。


 自分でやれる事、出来る事、全力で働いて返します。




 そして2日経った。


 その日の夕方には久しぶりにクロウ様がお見えになった。


 もちろん、私達はクロウ様に恥じないように一生懸命に働いた。






 しかし――――。






 クロウ様はとてもお怒りになって、従業員全員集められた。


「皆さん! 僕は今とても怒っています! 理由を分かる人は挙手してください!」


 怒ってらっしゃるけど、ちょっと可愛い。


「はいっ、申し訳ございませんでした……、私達が足りないばかりに……もっと誠心誠意で働きますのでどうか……」


 仲間の一人が申し訳なさそうに話す。


 確かに私達にはまだまだ出来る事が少ないから、もっともっと頑張らないと……。




「違います! いいですか! 仕事というのは、決められた時間内で出来る事を一生懸命にやるんです! 決して、無理をしてはいけません! この2日間の皆さんの働きを見ました。

 皆さん働き過ぎです! 最初にディゼルさんから言われましたよね? ムゥさん? 今日休憩時間にも働いてましたよね? ドリアさんは就業時間が終わったのにまだ仕事をしようと探してましたよね?

 それは駄目です! 絶対に! 僕は無理して働く人が嫌いです! それぞれ出来る事をして、出来ない事をお互いに補い、しっかり休み、遊び、仕事も自分の時間も充実して欲しいんです! 僕の商会でそれを無視して働く事は認めません!」


 えっと……? クロウ様が何を仰っているのかがよく分からない。


「ディゼルさん! これも全て貴方が一番働いてるからなんですよ! では皆さんには罰を与えます! 明日は全員仕事は禁止で休みにします! そして皆さんに銀貨3枚を渡します! 全員明日中にこの銀貨を全額使ってください! 残す事は許しません!

 また皆さんが就業時間外で無理に働いたり休憩もせずに働いたら連帯責任として全員休みにしますからね! またお金渡しますからね!」


 クロウ様……なんて恐ろしいの……。


 銀貨3枚も1日でどうやって使えばいいのですか……。


 明日一日中好きな事して良いって急に言われても…………。


 私達は金輪際無理して働く事を絶対にしないと誓った。


 その後、ディゼル支店長様が私達に働き過ぎてすいませんでしたって泣きながら謝ってくれた。




 ◇




 ◆ナターシャ・ミリオン◆


 昨日、クロウくんが大怒りになって、今日は全員強制休日となった。


 何が恐ろしかったって、私達全員に銀貨3枚が配られたこと。


 さらに銀貨3枚今日中に全額使い切ること。


 私達にとって、クロウくんはもはや神にも等しい。


 神が働き過ぎは許しませんと仰った。


 一番働き過ぎたお父様はみんなに泣きながら働き過ぎて迷惑を掛けてすいませんと謝った程だ。



 今日はオロオロしていたディアナちゃんの家族と一緒に出掛ける事にした。


 何故かって、このディアナちゃん、多分クロウくんに一目惚れしているからだ。



 私達はまず高級レストランに入った。


 出された料理はどの料理もとても美味しい。


 こんなの滅多に食べれないけど、今の私の給金なら毎日食べれちゃうのが不思議だ。


 そしてディアナちゃんにクロウくんの事を聞いてみる。


 迷う事なく、「はい、私はクロウ様の事は大好きですし、とても尊敬しております」と言われた。


 何か毒気を抜かれる感じだったわ。



 あれから街の色んな場所を散策して、出来る限り銀貨を使いながら、それはもう遊びに遊んだ。


 何だか……こんなに遊んだのも久しぶりだわ。


 学園時代からあのデブ……ディオ様に目を付けられてからここまで6年。


 気が休まる日がありませんでしたもの。


 私には兄弟もいないのだから、ディアナちゃんが何だか妹みたいでとても楽しい一日を過ごした。



 夜になり、私達は夕食を食べ終えて店に戻った。


 他従業員の皆さんも戻っていたけど、みんな一階の広場で難しい顔をして集まっていた。


 どうやら、お金を全て使う事が出来なかったらしい。


 実は私達もだった。


 だって、お金を使わなくても楽しく遊べたもの。


 私達は全員の残り金を集めた。


 その額が銀貨が30枚にもなっている。


 使い道も見つからないので、全額を孤児院へ寄付しようって話になった。


 満場一致でその日のうちに街の孤児院へ寄付する事になった。



 その日、私達はクロウくんを怒らせるとこれ程までの恐怖が待ち受けていると知った。


 銀貨を使わなければいけないという恐怖。


 あんな大金を今まで使った事がないのに、どうやって一日で使えるのか。


 みんなも同じ思いだったようで、もう二度と無理して働かず、しっかり休憩や就業時間を守ると誓ったのだった。



 次の日、クロウくんから「今日から、就業時間以外に働いた場合、罰として、時間外給金を計算して2倍の給金を支払います!」と言われて私達はますます規則時間を守ろうと誓うのだった。

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