第17話 スレイヤ

 ◆エドイルラの冒険者ギルド、マスター部屋◆


 バーン


 ギルドマスターの部屋の扉は乱暴に開けられた。


「ガイアのおっさん! あたい達になんの用なんだい?」


「ちょっと! アグネス! マスターの部屋にいきなり入っちゃダメだって言ってるでしょう!」


「はん! おっさんが呼んだんだ。別に良いだろう!」


「アグネスちゃん、行儀悪い」


 ギルドマスターの部屋の三人の女性が入ってくる。


 最初に勢い良く入ってきた長い赤い髪の身長170cm程のスラっとした身体で引き締まった身体からは歴戦の戦士のようなオーラが出ている彼女の名前はアグネス。王国内三つしかないAランク冒険者パーティー『スレイヤ』のリーダーである。


 次にアグネスに怒りながら入ってきた女性は緑色の髪を短くし、身長は150cm程とアグネスより二回り小さい。そんな彼女の頭には猫耳が付いていて、獣人猫族のミリヤである。


 最後に入ってきた女性は身長160cm程、ローブを着込んでおり、身体付きは見えないがアグネスと同じく強者のオーラがある。彼女はサリア、ハーフエルフである。


 この三人がグランセイル王国の三つしかないAランクパーティー『スレイヤ』のメンバーである。


「よい、ミリヤ。こちらから急用に招集したのだ。構わないさ」


「もう~、マスターがいつもそうやってアグネスを甘やかすから!」


「あはは~、ミリヤが固っ苦しいんだよ!」


「アグネスがズボラなだけです!」


 いつものやり取りをしながらソファーに座る三人。


「それで、おっさん、緊急の招集はなんだ?」


「うむ、君達にどうしてもお願いしたい事がある」


「へぇー? おっさん直々なんて珍しいじゃん。さぞかし大きな仕事なんだろう?」


「うむ、大きいと言えば大きいな…………依頼内容は………………レベリングだ」


 それを聞いた三人の顔が険しくなる。


「はあ!? おっさん! ふざけんなよ! あたいらAランクパーティーにレベリングだ!? あんな貴族ボンボンのお坊ちゃんのレベル上げ手伝いに、あたいらを頼む訳!? ふざけてんの!?」


 他二人も険しい顔で頷き、ガイアを睨む。


 『レベリング』とは、貴族やお金持ちの人が金を使い冒険者を雇ってモンスターを弱らせトドメを刺してレベルを上げる行為である。


 ただレベリングも非常に効率が悪い。弱らせてトドメが刺すものの、それでモンスターからの経験値を全て得られる訳ではないからである。


 現実では経験値は見えないので、戦いの経験が少ないからレベルが上がりにくいとされている。


 そんなレベリングはせいぜいCランクくらいの冒険者を雇い、一週間程レベルを5まで上げるのが常識となっている。


 5からになると他人が弱らせたモンスターにトドメを刺すだけでは1年程かかるからだ。


 そんなレベリングとあったので、高ランクの冒険者は嫌がる仕事だ。


「うむ…………君達に頼むのが筋違いなのは分かっている。だが君達にしか頼めないのだ」


「はあ? なんでレベリング如きにあたい達が必要なのよ!」


「それは…………まずその前に条件があるのだ、『秘密の契約』を受ける必要がある」


「え!? 『秘密の契約』してまでレベリング!?」


 スレイヤの三人はお互いに顔を見る。


 みんな驚きだった。依頼で『秘密の契約』を持ち出すということは高身分の貴族様や巨大商会の依頼ということになる。


 そもそも『秘密の契約』とは、言語特殊魔法『秘密の契約』のことであり、古代魔法に分類されている。


 この魔法は今の魔法使いでは使えない魔法だ。賢者であっても。


 これは『契約の紙』と呼ばれているエルフ達のみが作れる特殊紙に契約条件を書き込み、契約者がサインすることによって契約が結ばれ、条件を破れなくなる。


 物理的に破れなくし、もし契約条件を違反した場合、命を代価に払うこととなる。


 つまり、命をかけて条件を守り通す宿命を課されるのだ。


 そんな依頼であるからこそ『秘密の契約』がある依頼は多額の依頼であり、それ以上に信頼を得れるチャンスでもある。


「ガイアさん。『秘密の契約』がある程の方の依頼というと…………エクシア家からの依頼ですか?」


「すまない。それも話せない。君達には『秘密の契約』があることと、内容がレベリングであること、レベリング場所がルシファーのダンジョンであることしか伝えられない。」


「る、ルシファのダンジョンでレベリングですか?」


 ルシファーのダンジョンは大陸でも最高峰の高難易度ダンジョンである。


 エドイルラ街から近いのもあって、『スレイヤ』はここを拠点にしている程だ。


「そうだ。先程話したように、この依頼は君達にしか頼めない。そしてこれはギルドの威信・・に関わる依頼だ」


「まさかおっさんにそこまで言わせる依頼って――――もうエクシア家しかないじゃん、それにそれ、あたいらが断れないやつ」


「あぁ、これを聞いた君達には是が非でも受けて貰う、本当にすまないと思っている」


「………………いいよ。おっさんにはお世話になってるし、常識範囲の『秘密の契約』なら受けてやるよ。ミリヤ、サリア、いいね?」


「ええ、いいわ」「うん」


 アグネスが二人を見ると、二人が大きく頷く。


「三人とも、本当にありがとう。では夕刻に依頼主が説明にいらっしゃる。まもなくだからこのままここで待機してくれ」


「分かった」


「しかし、ルシファーのダンジョンでレベリングなんて、仮にエクシア家だとして、『剣士』を授かった長男様か?」


「ええ、次期当主様のライフリット様なのだと思う」


「ライフリット様、『剣士』、授かった、発表した」


 十歳になったライフリットが『剣士』を職能開花した事は公表済みなのである。


「まぁ、そこらへんは依頼主が来てから分かるだろう、もうすぐ来るはずだ」


 


 ◇




 数十分後。


 トントントン


 ギルドマスター部屋の扉にノックの音が響く。


 『スレイヤ』の三人は緊張した顔で扉に注目する。


「どうぞー」


 ガイアの大きな声と共に扉ら開き、白髪の執事服を着た男性が入ってくる。


 三人はすぐにその場に立ち上がる。


「サディス様だ…………」「本当にエクシア家が…………」「凄い…………」


「こんばんは。皆様、本日は急用の依頼を受けて頂きありがとうございます。エクシア家の執事サディスと申します」


 軽く会釈したサディスが入ってくる。


 そんなサディスの前にサリアが出てきた。


「サリア、と申します、お会い、出来て、光栄、です」


 サリアの見事は九十度挨拶で、サディスが少し苦笑いをこぼす。


「サリアちゃん、ずっとサディス様にお会いしたいと言ってたものね」


「うん、感激、依頼、絶対、達成する」


 サリアのやる気ある姿が珍しく、仲間の二人も笑みをこぼしてしまう。


「では、皆様、依頼の内容でございますが、この説明から既に機密事項でございますので、依頼を受ける受けない関わらず『秘密の契約』を受けて頂きます」


 それも聞いた4人は大きく頷いた。


「はい、それでは内容の説明でございます。エクシア家の三男のクロウティア様のレベリングにございます」


「――ッ!? ライフリット様じゃなくてクロウティア様!?」


「えっ? クロウティア様はご病気なんじゃ?」


「フローラ様でも、治せない、ご病気と」


「むっ? ライフリット様ではなかったのか…………」


 4人が驚くのも無理はない、何故ならクロウティアは病気のため、歩いたり話したりする事も出来ないと公表されていたからだ。


「実はクロウティア様はご健在でございます。寧ろ健康を通り越して、素晴らしい才能がある方でございます。その才のためにご病気と公表はしているのでございます。今回の『秘密の契約』はレベリングを行ったこと、そしてクロウティア様の秘匿でございます」


「なるほど…………クロウティア様がご健在というのを知らされないために『秘密の契約』まで出したんですか…………納得です」


 スレイヤの3人もガイアの言葉に頷く。


 多少性格は荒いがAランクになれる程の実力と経験があり、こういうトラブルにも慣れている。


「では、こちらの『秘密の契約』4枚がございます、契約内容は既に書き込まれていますので、内容を確認して頂き、サインをお願いします」


 サディスの鮮やかな空間魔法と共に4枚の羊皮紙が現れ、4人にそれぞれ渡された。


 四人は羊皮紙を開き、中身を確認。


 『生涯契約』


 ①今回依頼がレベリングであることを秘匿すること。


 ②依頼主のクロウティア・エクシア様の名前及び存在を秘匿すること。


 と、先程サディスが話していた件のみが書いてある。


 他の詐欺のような文言が全く見当たらないことを確認した4人は羊皮紙にサインをした。


 直後、4人の身体と羊皮紙が淡く光る。


「ありがとうございます、では契約書は預からせて頂きます」


 サディスが契約書を回収する。


「それでは、明日の朝からクロウティア様とルシファーのダンジョンで三日間レベリングをお願いします。階数に関しては当日、お坊ちゃまと相談して決めてください」


「分かりました、ちなみにクロウティア様の情報を教えてください。先に作戦等考えます」


「はい、年齢は5歳で先日職能開花したばかりでございます。職能は魔法系統です。レベルはまだ1でございます」


「…………分かりました。ではよろしくお願いします」



 こうしてクロウティアの知らないところで大きい契約が動いた。


 そんな事が起きてるとは知らず、クロウティアは明日をわくわくしながら眠るのであった。




 余談だが、『スレイヤ』のパーティーを申請する際、アグネスがスレイヤーのーの字を書き忘れてしまい、パーティー名が『スレイヤ』になっていたりする。彼女達の黒歴史である。

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