第130話 集まっていく「最強」

 王戦祭の部門は4つあり、その1つは魔法部門となっている。

 そして、その魔法部門で最強を勝ち取った者は王国の行きつけの店へと寄っていた。


「こんにちは、店主さん」


「お、エルヴィさんじゃねぇか。いつものでいいかい?」


 店にいきなり入ってきて、店主と親しげに話すその姿に、店にいた客は一斉にざわつき始めた。


 彼女は誰もが思わず見てしまう程に美人であったのだ。

 超絶なスタイル、整った顔立ち、そして溢れ出る強者の余裕。

 空色のような、大空を思い出させるような透き通った水色の髪が更に彼女の溢れ出る雰囲気を異質なものへと変貌させている。


 その光景を見て、その者の正体に気づくものや、店主に恨みを持った者など、色んな感情で店は混乱状態になっていた。


「ふふっ、ごめんなさいね。お詫びにお飲み物は私が全部持つわ」


 その一言で店の客は沸き立った。


「いいんですかい?」


「えぇ」


「…S階級冒険者はそれぐらいはできるのか?」


「ふふっ、まぁね」


 そう、S階級の冒険者である彼女は、同時に王戦祭の魔法部門最強なのである。


 音もせずに華麗な足運びで席に座ると、これまた上品に食べ始める。

 その一挙手一投足に視線が奪われる。


「あ!あの!僕の杖にサインを…!」


 そんな中、失礼にも食事中の彼女に男の子がサインを求める。

 これは怒られても仕方がないだろうと、周りの客はその子を見つめる。


「ふふっ、ええ。ありがとう」


 だが、スラスラっとサインを書いて手渡した彼女に、周りの客はファンになった者も少なくないだろう。


「さすが最魔さんですねぇ。私も憧れちゃいます」


 そう話すのは空色髪の彼女、エルヴィの隣に座っていた影の薄い紫色の髪が特徴の女性。


「あら、ジェリー。いたのね」


「いますよぉ。ところでノアという人物を知ってる?」


「ノア…?誰かしら」


 エルヴィは自分の知識を総動員してもそのノアという人物に辿り着けずに困ってしまう。


 ジェリーがこういう時に誰とも知らない人の名前をいいはずがないと、思っていたエルヴィはその答えが自分で分からずモヤモヤする。


「あのランドニが最近その人物とあったと言って喜んでいたから、私が知らない有名人かと思ったけどそうでも無いみたいね」


 ノア…、あのランドニがあって喜ぶ人物とは、相当な魔法使いでしょうね。


 警戒しておこうかしら。


 エルヴィは心の中でそうノアという人物について、そう結論付けた。


「…ふふっ、そんな誰とも知らない人に怯えてて私に勝てるのかしら」


「ふんっ、今年こそは私が勝ちますからねぇ」


「ふふっ、望むところですわ」


 紫髪が特徴的な「紫炎」の通り名を持つジェリー・ドームと「最魔」の通り名を持つエルヴィ・リーヴは静かに火花を散らして明日の王戦祭に望むのであった。


 ―――


 王戦祭で魂の肉体のぶつかり合いが見たいのなら、この格闘部門を見るといいだろう。

 それは、武器種や魔法(1部の魔法は可)が使えないからだ。


 そしてそんな戦いを制して「最強」を手にした男は、今年も王戦祭格闘部門に参加するつもりであった。


「やはり格闘部門だよなぁ。これが一番楽しめる」


 その男は2メートルはあろうかという長身に、筋肉がぎっしり詰まった体のスキンヘッドの男だった。


「さて、いくかぁ」


 そう言って男は路地裏の暗闇から立ち上がる。

 戦いたいと本能が訴えかけているのを必死に抑えているのか、両腕がぴくぴくと動き始める。


 その時、狭い路地で男とぶつかってしまったチンピラが転んでしまう。


「おいおい、なにやってく…」


「あぁ?」


「ひっ!お前はドバイザンっ!」


 ドバイザンはそのぶつかってきた者の頭を持ち、引き上げて手を離す。

 空中を少し舞った彼だが、無事に地面に着地する。


「あ、ああぁ…」


「俺は先を急いでいる。もういいか」


「はい!!」


 ドバイザン・クルーム、彼は格闘部門最強を勝ち取った男である。


 ―――


 王戦祭4部門の内の1つは総合部門である。

 つまり、武器なんでも使えるし魔法もなんでも使える…、己の全てを使った戦いとなる。


 そして、この日ある男が王国の正門を抜けてコロシアムに向けて歩いていた。


 その男は、筋骨隆々の体とそれに似合わない整った小顔、少しクセっ毛気味の金髪を風に靡かせ、まるで王子様家のような風貌である。

 人々は彼のことを戦いの王子、「戦王」と呼んでいた。


「お疲れ様です。戦王」


「その名前はやめろ。俺にはシドニスという名前があるのだ」


「失礼しましたシドニス様」


 本人的にはその呼び名は気に入ってはいないが、そう呼ばれるので仕方なく受け入れている。


 そして、シドニスが王国にある修練場に到着すると、執事服を着た白髪混じりの老執事が傍で控える。


「どうだ?1本」


「えぇ、是非お願いします」


 いきなりの戦いのように見えるが、彼らにとってはそれは日常の食事や睡眠等と同じような行為のひとつであった。


 老人は静かに、そして素早く移動し、その挙動だけで強者だと瞬時に理解出来る。


 そして、男の方は手癖のように、こなれた手つきで剣を空中に投げ、回転させてキャッチする。

 彼はこれが、王子と呼ばれる所以のひとつであるのだが、気付いてはいない。


 今まで修練場を使っていた者たちはその2人の気迫に視線が固定されていた。

 老執事の方は上着を1枚脱ぎ捨てる。

 そして、その服からは内に秘めた筋肉が苦しいと言わんばかりに服を張っている。


 そして、シドニスの方はと言うと、来ていた服を脱ぎさり上半身裸となる。


 その少し日焼けした筋肉は誰が見ても美しくも逞しいと言ってしまうだろう。


「では」


「始めるぞ」


 瞬間、2人の剣(拳)は空を切る。

 その光景に観客は目を離せなくなる。


「…やりますね」


 その時、老執事の服がスパッと切れて、鍛え上げられた肉体が露になる。


「流石シドニス様でございます」


「ふっ、過去の格闘最強に言われると嬉しいもんだ」


 そして、シドニスの胸筋の辺りから血がタラーっと滴り落ちてくる。

 剣と拳、どちらとも刃物で切ったかのような光景に観客は唖然とする。


 両者、これ以上やると「本気」になってしまうと察して、気を抑えたのだった。


「じゃあ、俺は泊まるところを探しに行くとする」


「では、私もお供します」


 嵐のように修練場にやって来て、すぐさま帰るその様子は本当に嵐のようだと、修練場を使っていた人々はそう思った。


 


 

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