第39話「乙女乃怜side*一般男性お断り*」

「はぁっ?じゃあ、その一般人に直接会ったの?信じられない!」


都内にある音楽スタジオのボーカルブースに一際甲高い声が響く。

ただしそれは歌声ではなく、怒声の方だ。


「あわわわっ、だって早乙女さん、あれは私の宝物で……」


ブース内にいるのはアイドルグループ、トロピカルエースのメンバーの永瀬みなみ、後島エナ、乙女乃怜の三人。


彼女たちは新曲のソロパートとコーラスの収録に来ていて、現在は休憩中だ。


三人で雑談をしている中、恋バナが始まり、エナがついうっかりみなみの恋人を話してしまったのだ。

そこからみなみはまるで説教を受けているような形で真鍋夕陽との出会いから今までを話す事になってしまった。


話を聞いている怜はツンと上向きの胸を反らし、「信じられない」と「冗談じゃない」…を連発している。


「それが貴方にとってどれくらい大切なものかはこの際どうでもいい。あたしが言いたいのは、何で貴方本人が行ったのかという事!そういう時は内藤さんに行ってもらうべきじゃないの?」


「で…でも、私のプライベートの事だし」


バンっと目の前にあるテーブルが叩かれる。

怜は思い切り顔を歪め、テーブルに両手を叩きつける。


「そんな甘い事、考えてるからヤツら一般人の男たちはつけ上がるの。貴方自身できちんと防衛するしかないのよ。わかっているよね?」


「…はい」


「早乙女さん、みーちゃんも反省しているから……」


見兼ねたエナが仲裁に入るも、怜はまだ怒りが収まらず肩で息をしている。


「………ちょっと外の空気吸ってくるわ」


二人の怯えた視線を受け、自分が悪者になったような空気を感じ、怜はブースから出た。



         ☆☆☆



「はぁ…。ちょっときつく言い過ぎたかな」


建物の外へ出ると、冷たい風が身体と熱く激った心を冷まし、冷静さが戻ってくる。


しかしすぐに戻るのも気まずいので、怜は裏手の壁側にもたれ、しばらく時間を潰す事にした。


幼い頃、自分は今よりずっと醜く、太っていた。


今の自分からは想像出来ないくらい、昔と今では別人のように違う。


そのせいで小さい頃からいつも虐められていた。


デブ菌が感染るから近付くな。

ブタのような顔で人間を好きになるな。

早く人間になれよ。


様々な心ない言葉を浴びせられてきた。


一番ショックだったのは小学五年生の時、運動会の後、ずっと片想いしていた男の子に告白した時だ。



……ごめん。ちょっと無理。

早乙女とは住む世界が違うっつーか……



自分の全身を確認するように眺めてからの一言。

足がガクガクし、そのまま倒れそうだった。



自分が細かったら良かったの?

自分が美人だったら良かったの?

自分が可愛かったら良かったの?


どうしたら良かった?


告白の余波はだけでは済まなかった。

たまたま後片付けで残っていた生徒が、その告白を聞いていたらしく、翌週には噂が広まり、いじめは更に酷くなった。



早乙女莉奈(ブタ)がイケメン王子、佐野隼汰に告白!



泣きたくなった。

それでも親は学校へ行けと、負けるなと背中を押し続け、地獄のような毎日を過ごした。



「……住む世界が違う…ねぇ」


怜は急に込み上げる涙を押し込める。

あれから自分は変わった。


醜い脂肪を取り去り、顔と名前を変えて別人になった。


醜い人間の世界から、煌びやかな芸能界に入り、芸能人として生まれ変わったのだ。


怜は気合いを入れ直し、二人に謝ろうと歩き出した時だった。

突然目の前に巨大なダンボールが飛び込んできた。


「きゃっ…」


思わず仰け反りそうになった背を逞しい腕が支える。


「大丈夫?スミマセン。気が付かなくて」


怜は声の主を見て驚きと大いなる落胆を味わう。

そうだ。

今日のスタジオは「彼」の職場だったのだと。


「いえ…。大丈夫ですから。お気になさらず」


表情を硬くし、怜は彼の腕から逃れるように離れた。

その時、彼の首に下がる社員証が目に入る。


「佐野隼汰」


見ただけで絶望感が襲う。

最初に気付いたのは半年くらい前の事。


新曲のレコーディングで訪れた際に案内してくれたのが彼だった。


すぐにあの彼だと確信した。

自分とは住む世界が違うと言って断った少年。


あの頃より更に精悍になり、グッと男らしくなった。

彼は自分を見て、何か気付いただろうか。

そう思ってもう一度見上げるが、彼の瞳には何の色も浮かばない。


「本当にスミマセンでした。もしアーティストさんに怪我でもさせたらクビどころじゃないですから」


そう言って彼は爽やかに笑った。

白い歯並びが眩しい。


「……もう行きますね」


怜はそれ以上見ていられなくなり、彼の反応を待たずに踵を返した。


「…どんなに逃げても過去からは逃げられないって事なの?」


ブースに戻り、二人と和解した怜は吹っ切ったように伸びやかなボーカルを披露する。


自分はこんな事で揺らいでいてはいけない。


より強い気持ちで怜は、今日も一流のアイドルとして仕事場に立っている。


怜にとって、一般男性とは住む世界が違う、別世界の人間なのだから。





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