第56話 Equilibrium

 ハザエルが3階への階段を上ると、エレベーターの前で待ち伏せているマフィアたちを見つけた。特に感慨もなく、ライフルで一掃する。

 エレベーターは使わない。このように、待ち伏せの危険がある。4階、5階へと上っていく。

 6階に上がろうとした時、上から騒々しい声が聞こえた。

「急げ急げ!」

「下の奴らはもうやられたって!?」

「誰も出ねえ!」

「嘘だろ!? 急げ!」

 降りてくるようだ。このままでは鉢合わせになる。ハザエルは向きを変え、ホテルの反対側、非常階段へ向かった。

 5階は普通のホテルの構造だ。長い廊下が1本あり、両側に客室が並んでいる。ハザエルはライフルを構えつつ足早に進む。

 前にあるドアが開いた。呆けたマフィアが頭を掻きながら出てきた。気付かれる前にライフルで撃ち殺す。すぐに銃口を降ろし、懐から手榴弾を取り出し、ピンを抜く。

「何だ!?」

「おい、いたぞ、あいつだ!」

 階段を降りていたマフィアたちがハザエルに気付く。その時、既にハザエルは振り返って手榴弾を投げていた。銃を構えようとしたマフィアたちの足元で、手榴弾が炸裂する。

「っぶねえ!」

「ホントに上って来やがった!」

 まだ声がする。全員を巻き込むことはできなかったようだ。ハザエルはライフルを構えつつ後退。階段を降りてきたマフィアを順番に撃ち殺す。

 だが、3人撃った所で弾が切れた。予備弾倉はもう無い。ライフルを投げ捨て、開いていた扉から客室に入る。悲鳴を上げる女を無視してベランダへ。柵を飛び越えて非常階段へ向かう。

 端のベランダまで来た所で、非常階段を昇ってくる集団を見つけた。その中の1人、白いコートを羽織った女と目が合った。

「見つけた! 上だ!」

 女がショットガンを構え、撃った。飛び退ったハザエルの鼻先を散弾が掠める。ハザエルも拳銃を抜き反撃するが、弾は隣のマフィアに当たった。

 非常階段を昇っていたマフィアたちが気付き、一斉にハザエルを銃撃する。ハザエルはベランダから室内へ退却した。ドアを開け、廊下に出て、非常階段とは反対側に銃を向ける。

「あっ!?」

 先程手榴弾で始末できなかったマフィアたちが、ハザエルが入っていった部屋を覗き込んでいた。鉛玉を叩き込む。撃ち続けながら、廊下を挟んで反対側の部屋へ。

 部屋のドアを閉めると同時に、非常階段のドアが開く音がした。ハザエルは手榴弾のピンを引き抜いた。だが、投げない。ピンを抜いた手榴弾を床に置き、椅子を上に乗せて固定する。

「奴は!?」

「その部屋だ!」

 部屋の外で叫び声。直後、凄まじい量の銃弾が、ドアを一瞬で穴だらけにする。その時、既にハザエルはベランダに出ていた。背中をかすめる銃弾を無視して、ベランダの手すりを乗り越え、ぶら下がり、下の階のベランダに飛び移る。

「行け、行け行けぇ!」

 ドアが体当たりで破られる。直後、頭上で爆発。椅子が蹴飛ばされ、先程仕掛けた手榴弾が無事に爆発したようだ。

 ハザエルは窓から部屋に入る、廊下へ出る。5階。非常階段は真後ろにあるが、上には大勢の敵が待ち構えている。危険すぎる。

 反対側の階段へ走る。辿り着くと、休まず上へ。6階に戻る。死体から拳銃を奪い取り、非常階段側の様子を見る。

「いないぞ?」

「どこ行きやがった!?」

 罠は炸裂したが、まだ敵は残っていた。ハザエルは廊下に群がる敵に両手の銃を向けた。狭い廊下に逃げ場はない。狙いを付ける必要もない。

 銃弾の嵐が吹き荒れる。横合いから不意打ちを食らったマフィアたちは、泡を食って反撃しようと、あるいは慌てて逃げようとするが、いずれも叶わず鉛玉に倒される。

 ハザエルは無心で引き金を引き続ける。弾切れになれば銃を投げ捨て、死体の銃を奪い取って連射を継続する。廊下に倒れた敵が積み重なっていく。

 奪い取った銃を使い切った時には既に、立っている者は皆無だった。30人以上のマフィアだったものが床を埋め尽くしている。

 ハザエルは自分の拳銃を両手で構え、ゆっくりと歩いていく。生き残りがいないかどうか確かめる。

 突然、真横の扉が開いた。突き出されるショットガンの穂先。腕を跳ね上げ、銃口をかち上げる。散弾が天井を叩いた。

 拳銃を向けようとしたが、白いコートの女にはたき落とされた。勢いに逆らわず体を回転させ、裏拳を放つ。しかし拳はショットガンの銃身で阻まれた。

 別の扉が開いた。白いコートの男だ。男はショットガンを撃とうとして、仲間が直ぐ側にいることに気付き、動きを止めた。

「構わん、撃てぇ!」

 女が叫ぶ。しかし男はそのままショットガンで殴りかかってきた。ハザエルは女を弾き飛ばし、ショットガンを受け止める。男の腕を捻り上げ、顔面に拳を叩き込む。

 後ろから女が蹴りかかってきた。こめかみ狙いのハイキック。屈んで避け、軸足を払う。女が床に倒れる。

 ハザエルは拳銃を抜こうとしたが、男が後ろから殴りかかってきたのでグリップから手を離した。拳を捌き、女を飛び越えて後退する。女が立ち上がり、男の横に立つ。距離を取ったのを見た2人はショットガンを構えようとする。

 その一瞬にハザエルが滑り込む。銃口を掌底で払い、顔面や喉、脇腹といった急所へ次々と攻撃を加える。

 殴られている2人も無抵抗ではない。銃口を向けようと、あるいは反撃しようとする。だが、ハザエルはそれらの動きをことごとく避けるか、防いでしまう。

 銃を持った2人が、素手の1人に押し込まれている。

 これもクグツだ。銃撃戦主体の武術ではあるが、近接格闘にも応用できる。相手の動きを制し、自分が有利になる動きをするという基本方針は変わらない。無論、素手で敵を破壊するには別の術理が必要になるが、ハザエルにはソビエトカラテがあった。

 2人が同時にショットガンを構えた。ハザエルは片方の銃身へ右の掌底を放つ。殴られた銃身がもう片方にぶつかり、射線が逸れる。激発。壁に散弾が飛び散る。

 その時、ハザエルの左手は懐のホルスターへと伸びていた。抜き放ちざまに引き金を引く。女の足の甲が砕ける。

「ぐああっ!?」

「チイッ!」

 男がショットガンの銃身で殴りつけてくるが、ハザエルはそれも計算済みだった。右手で受け止め、男の喉へ銃を向け、発砲。立て続けに3発撃ち込まれ、男が吹き飛ぶ。同時にハザエルは後ろへ飛び退った。コートの裾が散弾で抉られる。

 ハザエルは背中から落下しながら、ショットガンを撃った女の脳天に狙いを定めた。呼吸が止まる。一瞬の滞空。狙いを定め、引き金を引く。女の額に赤黒い穴が開いた。

 後転して起き上がり、銃を構えて周囲を確認する。立っている人間はいない。『コッペリア』の2人も事切れている。

 相当量の人間を殺したが、ハザエルは一切感慨を抱かない。まだ作戦は終わっていないからだ。

 左肩が僅かに軋む。抜き打ちで関節を痛めたようだが、動くので問題ない。

 開いたままの非常階段から、更に上へ。息もつかせぬ攻勢は続く。

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