第32話 店内ではお静かに
【海賀side】
「ええか、女子に渡すならインパクトのあるものや。普通の物をあげても、その時は喜んでもらえたとして、一か月後に忘れられるのが関の山やで」
刀矢が人差し指を立てながら解説してきた。
俺は、いかにも「普通の物」っぽい感じのコップを商品棚に戻す。
「じゃあ刀矢は、何を渡せば良いと思うんだ?」
「ズバリ『男子が興味なさそうなもの』やな。極端な例を挙げると『コスメ』とかがそれにあたる。女子の好みに理解があるってアピールになるんやで」
なるほどな、それは的を得ているかもしれない。
刀矢の解説にはどこか胡散臭さが残るものの、よく話を聞いてみればあながち間違っていなさそうだから不思議だ。
「なるほどな。それじゃあ早速……」
「待て待て、初心者がこれをやるとイタいから、僕と相談しながら決めた方が──」
俺は初心者扱いか……。まぁ、良いんだけどさ。
そんな流れでやってきたのは、すぐ後ろにあったアロマ売り場。
「ん、なんか今、3人くらいの集団が走ってどこかに行ったけど……店内で走るなんて非常識だなぁ」
「せやな、彼女にするならこういう常識くらいは持っている人がええなぁ」
当然、おしとやかで大和撫子な暮葉はそんなことしないけどな。
「んで、話を戻すんやけど、アロマは結構良い線いってると思うんよ。さっきコスメってゆーたけど、それは流石にあざとすぎるやん?」
「確かに。化粧する男子もいなくはないけど、俺はしてないからな」
普段使ってない人からもらうコスメほど、引いてしまうプレゼントはないだろう。
なんか考えすぎて迷走した感が出るし。
その点、アロマであれば「俺、最近こういうのにハマってて」みたいな体でいける。
「でもアロマのこととか分からないし、どれ選んだら良いのか見当つかないぞ?」
「そこは僕に任せとき。こんなこともあろうかと事前に色々調べてきたで」
刀矢は誇らしげにメモ帳らしきものを取り出すと、その内容と照らし合わせながら商品棚を物色していく。
「あったあった。ネットサーチしたらランキング一位だったやつや」
刀矢が手にしたのは5種類の茶色い小瓶がラッピングされた商品。
「『それぞれ違う香りが楽しめるようになっていて、とりあえず色んなアロマを試してみたい初心者を中心に爆売れ!』……らしいで。知らんけど」
「刀矢、さてはお前ミーハーだな?」
調べてきたっていうから頼りにしてたものの、「知らんけど」のせいで信頼度が地に落ちた。
それでも彼なりに調べてくれたから、感謝はしてるが……刀矢ってどこか残念なんだよな。
「うーん、僕はどちらかというと、ミーハーの域をギリギリ脱しそうな感じやな」
「……やっぱりミーハーじゃんかよ」
「これでも結構アロマの勉強したんやで? アロマディフューザーの種類とか、各種アロマの効果とか」
「あろまでぃふゅうざあ?」
「あぁ、アロマを拡散させるための加湿器みたいなやつのこと。加湿器型以外にもフレグランスみたいな型もあるし、あぁでも主流は超音波式やで。ただ、直接瓶から香りを嗅ぐのも良いし、ハンカチに染み込ませたりするのも乙やんな──」
「すまん、俺が悪かった。刀矢はミーハーじゃなかった。もう俺には何を言ってるかさっぱりだ」
俺が降参するかのように伝えると、刀矢は満足気に頷いた。
「海賀はん、流石やね。意識低い」
「お? ぶっ飛ばすぞ?」
「そしたらもう、僕はプレゼント選びに付き合えへんなぁ」
「よし、プレゼントが決まった瞬間にぶっ飛ばす」
「それは鬼畜すぎひん?」
なんて軽口を叩きながら店内を回っていったが、色々と検討した結果、最初のアロマを購入することに決めた。
一応コスメコーナーにも立ち寄ったが、なんとなく口紅を手に取ったら刀矢に白い目で見られた。曰く、「下心丸出しだからやめておけ」だそうだ。
不思議に思ってググったら、男性が女性に口紅を送るのは「あなたにキスしたい」という意味があるらしい。シンプルに恥ずかしかった。
「いやはや、何とかプレゼント決まって良かったな。海賀はん」
「そうだな。ありがとう、刀矢」
「へへっ、良いってことよ」
そう言いつつ、レジへ向かう俺たち。
すると、人混みで姿は見えないが、誰かの焦った声が聞こえてきた。
「──あっ、やばい! こっち来ちゃう!? あ、すみません、お釣りはいらないですー!」
先程の3人組らしき人影が、脱兎のごとく店内から飛び出していった。
……あの人たちは、なんなんだ?
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