第15話 訪問①

【海賀side】



 日曜日。

 俺はそわそわしながら、自分の部屋にファブリーズを振りまいていた。


「目黒が来るのは良いけど……暮葉に勘違いされないかな」


 窓越しに暮葉の家を眺める。暮葉の部屋はカーテンがしまっていて、中の様子を窺うことはできない。


 ──この前俺は、保健室のベッドで暮葉に告白した。しかし折悪しく、暮葉は眠っていたので不発に終わったのだが……。

 交際関係にならなかったとはいえ、他の女の子にもちょっかいをかけるチャラい男だとは思われたくない。


 ピーンポーン♪


 呼び鈴がなった。俺は1階に降り、玄関のドアを開ける。


「おっじゃましまーす」

「お、おう」


 現れた目黒は、なんとも刺激的だった。

 クリームのノースリーブニットを着ているため肩が出ており、下はデニムショートパンツなので、そのスラッとした足を惜しみなく晒している。


 つまり、露出多めの服ということだ。


 髪も金色に染めていることから、やはり「白ギャル」のイメージそのままなのだが、目黒ほど顔が整っているとモデルの人かと思ってしまう。

 そんな出で立ちだった。


「目黒って、やっぱお洒落なんだな」

「なにそれ口説いてんの? ウケるー」


 いや、そんなつもりは毛頭ないが……。

 俺はシンプルな白シャツに、黒のチノパン。まぁ絶対に外れない組み合わせだが、大当たりすることもない。

 そんな俺と並べば、どちらにコーディネートのセンスがあるかなど一目瞭然。褒めたくもなる。


 ……と、そんなことまでわざわざ口に出すのも野暮なので、俺は目黒を家の中に迎え入れた。


「洗面所はここ。手洗いうがいしたら2階に案内するから」

「おっけー」


 目黒が洗面所に入っていく様子を確認し、俺はリビングへ。

 戸棚からコップを、冷蔵庫から麦茶を取り出し、手早く注いだ。

 それをお盆に乗せて、階段の下まで歩いて行く。


「ねーねー、今日は親御さんいないの?」

「用事あるって言って出かけたよ」

「やだぁ、神戸のスケベ」

「いや、お前が急に押しかけて来たんだろうが」

「あははっ」


 可笑しそうに笑う目黒。

 俺は適当に受け流して、彼女に先行する形で階段を上った。


 自室の前に着くと、俺は扉を開けて中に入る。


「うわお、結構きれいにしてんじゃん」

「誰かさんのせいで、そうせざるを得なかったんだよ」

「えー、わたしわかんなーい」


 唇に人差し指を当てて、小首を傾げている目黒。確信犯だな……。


「まあいいや。とっとと勉強終わらせようぜ」

「はぁーい」


 思った以上に素直だった。勉強したくないとかごねられる気がしなくもなかったが……いや、こいつから言い出した勉強会だし、それはないか。

 部屋の真ん中に置いたちゃぶ台にノートを広げ、俺は目黒に数学を教え始めた。


          * * *


「もう疲れたよぉ、パトラッシュ……」

「……あぁ、数時間ぶっ通しで集中してたもんな」

「さいん、こさいん、たんじぇんと、目が回る……」

「わかったわかった。休憩にしよう」


 ぐでーっと机に伏し、疲れたアピールをし続ける目黒をなだめて、


「ちょっとお菓子でも持ってくるよ」


 と言って、腰を上げようとしたら、


「いい。それより、少しお話しよ」


 と引き留められてしまった。

 まぁ、目黒がそういうなら別に良いんだが。


 よいしょ、と目黒が距離を詰めて座ってきた。

 ふわっと漂う、フローラルな香水の匂い。


「あ、気づいた? の香水つけてきたんだよー?」


 な、なんか、グイグイ来るな。

 目黒ってサバサバしてるイメージだったけど、こっちが本来の性格なのか?


「良いんじゃないか?」

「……えーっ、それだけ?」

「香水の感想って俺、けっこう難しいと思うんだけど」

「そんなことないでしょ」

「じゃあ、例えばどんな風に褒めれば良かったんだ?」

「うーん……『君の心のように、優しくて甘い香りだね……マイハニー』とか」

「言えるかそんなもん! てかマイハニーちゃうわ!」


 そう言っときながら、暮葉には散々そんな言葉を発していたと気付いて、俺は恥ずかしくなった。

 ……マジか、結構イタいやつだな、俺。


「……ん? 顔赤いよ?」

「うっさい、ほっとけ」


 目黒が口元を「ω」みたいにして、こちらを見つめてくる。

 もういい、笑いたきゃ笑え。


「照れんなよー、神戸ー」


 バシバシと背中を叩かれる。

 しかし、視界の端でたゆたゆと揺れている目黒の胸が気になって、そっぽを向かざるを得ない。ただでさえ露出が多いんだから、色々と控えて欲しい。目のやり場に困る……。


「なんで無視すんのー、こっち向いてよー」

「……無視はしとらんだろ」

「いーや! なんか素っ気ないもん」


 こっち向いて、と顔を摑まれて無理やり首をひねられる。

 すぐ目の前には、目黒の端正な顔が。


「……やっとこっち向いた♡」


 いたずらな笑みに、俺は言葉を失った。まつ毛の一本一本が数えられるくらいの距離でいれば、そうなるのも無理はないと思う。

 だが、自分から顔を近づけた目黒まで、なぜか黙り込んでしまっている。気まずいなら手を離せばいいのに……と。


 ──しばらくそうやって見つめ合っていたら、不意に目黒が口を動かした。


「ねぇ、神戸……」

「……なんだ?」


 無意識に異変を感じ取り、その正体が目黒の甘ったるい声だと気づいた頃に──


 ──彼女はこう言った。



「ねぇ神戸、私とキスしようよ」

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