第14話 幼馴染みに誘われてしまった

【海賀side】



「俺はな、暮葉しか見えてないんだよ」


 決まったぁぁぁぁぁぁあ!

 サッカー実況者みたいな喝采かっさいが、脳内であがった。


 正直、今の俺はテンションがおかしい。無理をして暮葉にクサい言葉を吐いているのだから、正気を保つことなど不可能なのだ。

 ただ「暮葉しか見えない」発言は、割と俺の中で高ポイントなセリフだ。

 言うハードルは高いが、決まればデカい。きっと暮葉の心に響くと信じていた。



「ねぇ、かい君。私と寝てよ」



 決まっt────


 ……………………………………え。

 これには実況席の時も止まり、会場内(心の中)もざわつく。


 一旦、状況を整理しよう。


 俺は体調不良の暮葉を追って、保健室にやってきた。

 ベッドから俺を呼ぶ声が聞こえてきたため、近づいた。

 暮葉が瞳に涙をたたえつつ、俺を誘ってきた。


 誘い。夜のお誘い。今は昼だけど。


 ……どういうことだ。一体、俺の身に何が起こっているんだ。


「かい君……」


 暮葉はそっと俺の袖をつまんで、呼びかけてきた。

 腕を伸ばした時、肩にかかっていた髪がはらりとこぼれて、とても煽情的せんじょうてきだ。

 鼓動が早まるのを感じつつも──ここで、俺は重大な問題を抱えていることに気付く。


 俺は小さい頃からモテていたが、童貞だ。

 彼女ができたことは──1度だけあるものの、ちょうど1週間で別れてしまったし、そういう雰囲気になることもなかった。


 今、暮葉の誘いを受けるにしろ断るにしろ、俺はどうしていいのか見当もつかない。これが経験値不足ゆえの悩み、ということか……!


「……あっ、寝るって言ってもね、添い寝して欲しいって意味で、他意はないっていうか、あっ、あれっ、私、何を言って……?」


 ですよねー! 急に大人の階段上るようなイベントは降って湧きませんよねー!


 俺は残念だと思いつつも、心のどこかで安堵していた。あのままだったら俺、戸惑うだけだったろうし……。


「お、おう。添い寝だな。そんなの容易たやす御用ごようだよ」


 ベッドに暮葉が寝そべっている。俺はその横に失礼して、寝転がった。


 ……。


 …………って、これはこれで異常な状況だよなぁ!?!?


 好きな人と同じベッドで寝る。そんなことは、恋人関係じゃないとありえない。

 気付いて、おかしいくらいに心拍数が上昇しいく。


 さっき暮葉に意味深なことを言われたからか、をしてしまいそうになってしまうが──理性という拳で、良からぬ妄想を殴り飛ばした。


 しかし、俺がやっと落ち着きを取り戻そうとしたところで、


「かい君、ぎゅーして」


 頬を紅潮こうちょうさせた暮葉が両腕を広げて、「ぎゅー」をせがんできたのだ。



◇ ◇ ◇



【暮葉side】



「……あっ、寝るって言ってもね、添い寝して欲しいって意味で、他意はないっていうか、あっ、あれっ、私、何を言って……?」


 なんか私、変なこと口走ってるううううううううう!?


 「私と寝てよ」って、なんか無意識に言ってたんですけど! ……いや、無意識だと余計ダメな気がするし!

 ち、違うの。精神的に弱ってたから、雰囲気に流されちゃったってだけなの。


 しかも、今日の佐保子先生と似たようなミスをして、すっごく恥ずかしい……。

 「寝る」も、二通りの解釈があるもんね、そうだよね……!


 っていうか、佐保子先生もこんな思いしたら、そりゃ早退するよね! なんかごめんなさい!


 ……なんて、色んな考えが浮かんでは消えて。

 どれだけ焦ったら気が済むんだ私!


「お、おう。添い寝だな。そんなのお安い御用ごようだよ」


 え、ちょ、かい君! それ以上近づいたらにゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!


 目の前にかい君の顔にゅうううううううううううううう!


 にゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう────!


 ────あ、あかん。ちょっと意識飛んでた。

 呼吸を整えて、もう一度前を見て──にゅっ……よし、今度は耐えた。


 どうにか意識は保てるようになったみたい。

 ただ、なんかドーパミンがドパドパでてきて、興奮気味なのは否めないかも。冷静な対応を心がけなければ──


「かい君、ぎゅーして」


 欲が勝ってしまった!


 くっ、私の性欲め……ちょっとは我慢して引っ込んでてよっ!


 ……と、人のせいみたいに言ってみたけど、完全に私のせいだこれ。錯覚しそうになっちゃった。


 しょうがない、こうなってしまった以上は……なんとかこのテンションでやりきる!


「え、えーいっ」


 かい君が固まっていたので、自分から抱きつきにいく。

 でも、強く抱きしめる勇気はなかったから、軽く。

 触れてるか触れていないか、くらいの加減で。


「……暮葉」


 かい君の低い声が、耳元で響いた。それに呼応こおうするように、私は体をビクつかせる。

 ……さっきのハグとは違って、寝ながら囁かれるとより鮮明に聞こえた。立っていると、かい君の口から私の耳が離れているせいで普通の声なんだけど……。

 今は寝ているせいで身長差が関係ない。本当に、私の耳のすぐ横で声がしている。


「ぎゅってして、良いのか?」

「うん……」


 な、なんかこれ、イケナイ感じがする。えっちぃASMRみたいで……。

 ……あ、別に、そういうのを聞いたことがあるわけじゃないんだけどね!

 断じて! 断じてないんだけどね! ……本当に、ないからね!


 そうやって、誰に向けているのか分からない弁解をしていたら、かい君が私の背中に手を回してきた。


「ぎゅー」


 かい君! それは反則!

 ただでさえドキドキしてるのに、そんなセリフまで!?


 うっ、やばい……意識が、遠のいて──


「……俺さ、暮葉のこと──」


 と、尊すぎて死ぬ……。


 かい君の言葉を最後まで聞くことなく、私は意識を失った。

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