第85話 ラピスの目醒め

 ――セリカブルカとラピス来訪から数日後。


「ふあ……人間の寝床はなかなか心地の良いものじゃの。巣に持ち帰っても構わぬだろうか?」


「構うわけないだろ。おはようラピス。もう傷は癒えたかい?」


「お主は……余の手当てをしてくれた人間か」


 ラピスはあれからずっと寝たきりだったので、交代で部屋に様子を見に行くようにしていた。

 今回、偶然俺の手が空いていたので覗きに来たところ、この飛龍が布団を持って帰ろうかと企てているところに遭遇した。


「俺はセレスト。他にも一緒に暮らしている仲間がいるからきみが平気なら食事の席で紹介するよ。起き上がれそうかい?」


「ふむ……体の痛みもない。ふん、ふん、うむ。動いても問題なさそうじゃの」


 おもむろにベッドから立ち上がり、しゃがんだり立ったり腕を振り回したりとおかしな動きをするラピス。

 最低限の部分は鱗で覆われているので見えないとはいえ、服を着ていないのでラピスが動くたびになものが激しく揺れるので目のやりどころに困る。


「その前にフィーに服を借りてくるからここで待ってて」


「服? お主らが着ているそのひらひらか?」


 首を傾げるラピスに適当に頷いて一時退室。

 ラピスが悪い訳ではないが、こどもたちに会わせるには少し刺激が強いのでひらひらをつけるのは我慢して貰おう。


 しかし、あの大きさはフィーの服でも果たして入るものだろうか。



 ◇



「おおっ! 美味そうな匂いがするの! 肉に魚! こっちの甘い匂いのする円いのはなんじゃ!?」


 時刻はちょうど昼食時。

 起きてきたラピスとみんなで食卓を囲む。


 ラピスは龍だからか、料理というものに縁がなかったようで、机に並ぶ料理に大はしゃぎしている。


「それはアップルパイだよ。まだ焼きたてで熱いから、他のものを食べ終わる頃にはちょうど良くなっているさ。あと、野菜も食べなさい」


「野菜? 葉っぱのことか? 嫌じゃ。余は葉っぱなんて食べないのじゃ!」


「あー! ラピスおねえちゃんお野菜きらいなんだー! ルビィよりおっきいのにおこちゃまだー!」


「むむっ! 余が主よりこどもじゃと?」


「うん! ラピスちゃんはおねえちゃんじゃなくてラピスちゃんだね!」


「ぐぬぬ……この龍宮姫りゅうぐうきである余にそんなことを言うと食べてしまうぞ!」


 ラピスが悔しそうな顔で口を開けてルビィを脅かそうとするが、残念なことに人間形態のラピスの顔はルビィより少し上かな? くらいにしか見えない童顔なので迫力がない。


「食べるならお野菜ね!」


「うむぅっ!」


 そしてルビィにも侮られた結果、空けた大口にトマトを突っ込まれてラピスが悶える。

 何をやってるんだよ、騒がしいなぁもう。


「ラピス。冬は野菜は貴重なんだ。吐き出したらアップルパイは食べさせてあげないからな」


「むむうっ!? むぁんまもなんじゃと!?」


「栄養を摂れば体力の回復も早まるさ。大人しく食べるんだな」


「龍を野菜で倒すにゃんてルビィはすごいのにゃあ」


 呆れるフィーに、何故か関心して頷くミミ。

 相変わらず悶絶するラピスの姿も合わせてあまりにおかしな光景にノルが吹き出し、食卓を囲うみんなが笑顔になる。


 こうして、食事を摂りながらラピスと俺たちはとりあえずの自己紹介を済ませ、コミュニケーションを取ることに成功する。



 ◇



 さて、食事と自己紹介が済めば本題だ。


 いつもの如く、暖炉の備え付けられたリビングに場所を移し、アイシャと子供たちは勉強、俺とラピスを含めた他のみんなで机を囲う。


「それじゃあラピス。きみの話を聞かせて貰おうか」


「話と言ってものう……主らは何を知りたいんじゃ? 傷を治して貰った身じゃ。答えられることには答えたいが……余もなぜ白の龍王が余をここに置いていったのかはわからぬぞ?」


「ラピスも何も聞かされていなかったのにゃ?」


「そうじゃ。そこの……クーニアだったか? 主の言う通り、余はしばらく巣を離れて南に行っていたのじゃ。思えばあの化け物がいた大穴が深淵という場所だったのであろう。そこで怪我をして死にかけていたところを白の龍王に拾われたのじゃ」


「白の龍王というのはセリカブルカ様のことだな? セリカブルカ様とは知り合いなのか?」


「存在は知っておったが会うのは初めてじゃ。なぜ白の龍王が余を助けに来たのかは知らぬ」


 俺の質問をきっかけにミミとフィーの問いにラピスが答えていく。

 龍種の特徴なのか、独特な話し方はどこかセリカブルカにも似ているような気がする。


「セリカブルカは観測者の使いだと言っていたよ。ラピスのことを助けたのは観測者の指示だったのかもしれないね」


 セリカブルカと出会った夜のことを思い出す。

 エル・ラ・ユラフィというエルフの観測者からの依頼があったと言っていたはずだ。


「確かに……観測者の望遠の力なら大陸中を見通せると聞く。私は深淵という場所のことは詳しくはわからないが……観測者であればセリカブルカ様にそういった依頼を出すことも可能なのかもしれないな」


 観測者と同じエルフであり、エスティアの守護であるフィーが納得したように頷く。


「それだとしても結局なんでラピスを助けたかも、ここに連れてきたのかもわからないのにゃ」


 ミミの言う通りで、結局また『わからない』に行きついてしまう。

 俺の力のことはともかく、ラピスのことは今後のアクシスのことにも関わるのでどうにかしなければならない……あれ?


「きっと観測者が出した依頼はラピスを助けるというものではなかったんじゃないかしら。ねぇ、ラピス。アナタ、深淵に行って怪我をしたのでしょう? それはどうして? アナタ、深淵で何かしたんじゃないの?」


 何か思い至りそうになって首を捻っている間に、クーニアが紅い瞳でまっすぐにラピスを見据えて問う。


「アナタ、さっき化け物と言ったわよね? もしかして、深淵の母ベヒモス・マザーを起こしてしまったんじゃない?」

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