第79話 最も気高き龍と無礼者

「対価については些細なものだ。それにそもそも汝が我から何かを得ようとしないのであれば対価を支払う必要もない。どうするかは好きに決めるが良い」


 そう言って俺の問いへの返答を当然のようにはぐらかし、セリカブルカは辺りを見渡して、勝手に机に備え付けの椅子を持ち出して腰かける。


 それを見て、緊張して忘れていたが室内が暗闇だったことを思い出し、俺はゆっくりとベッドから立ち上がってランプに火を灯す。


 そうしている間、セリカブルカは静かに座ってじっと俺のことを眺めていただけで、本当に襲ってくる様子はない。


 灯りをつけたあと、俺はベッドに戻ることも椅子に座ることもせず立ったままセリカブルカと向かい合う。


 こうして明かりの下で改めてみれば、見た目は人間に近いが、単純な白髪とは違う光沢を持った髪、白い巻角に、椅子背後から床に向かって垂れている白い尾。


 確かに人間ではなくこの少女が龍なのだと思い知らされる。


「……いくつか質問したい」


「構わぬよ」


 結局、俺はセリカブルカの提案を飲むことにした。

 エスティアがどういう目的で接触してきたのか……それは俺個人の問題ではなく、いずれはアクシス、そしてグランバリエ全土の問題にも発展し兼ねない。


 興味がないから聞かないという選択肢ができない程には、俺はここでの暮らしを大切にしているんだ。


「ニーズヘッグの侵攻にエスティアは関与しているのか? 俺に会いに来たのはそれが原因か?」


「それはないな。エスティアと縁のある龍は我しかおらぬ。ニーズヘッグあのまぬけが気まぐれに動き、勝手に死んだまでのこと。観測者は全てを視ているとはいっても、実際にその場で見ている訳ではない。我はただ事実確認をしたまでだな」


 エスティアとニーズヘッグの侵攻は関係なし、か。

 それであれば過去の龍災も今回の龍災もエスティアによる侵略者の排除が目的ではなく、あくまで新大陸では当然に起こり得る自然の摂理という訳か。


「わかった。俺に会いに来たのはニーズヘッグを倒したことを確認するためだけってことでいいんだね?」


「それは正確には少し違うが、概ねあっておる」


「え? それはどういう……」


 俺に会いにきた理由は別にある?


「それを答えることはできないな。未知を知り、未踏を踏み越え不思議を解き明かすことが汝の目的なのであろう? ならばそれを汝の力で証明してみせよ。汝がそれを為すのであれば我もきっと楽しめることであろうな。くくっ」


「なんだか意地悪そうに笑うじゃないか」


「そうだな。我も少し昔日の面影に浮かれてしまっておるのかもしれぬ。まあ、気にするでない。それよりも他に聞きたいことはないのか? ユラフィから面倒な依頼を受けて少々疲れておったが、今の我は機嫌が良い。今ならばもその体に教えてやっても良いのだぞ?」


「……それは龍の冗談かい?」


「さてな」


 セリカブルカが妖艶な微笑みを浮かべて豊満な胸を強調するかのように両の腕を前に回して開いた脚の間に両の手を伸ばして座面を掴む。


 必然、腕によって挟み込まれた胸が中央に寄せられて大きな谷間が窮屈そうに膨らんでいくが……さすがに龍相手にそんなことを言われても笑って返せる程の余裕はない。


「とにかく俺に会いにきた理由を教えてくれないのはわかったよ。それじゃあ、俺以外についてはどうなんだ? エスティアは俺たち侵略者に対して何かをしようとしているのか? 排除や……ミミやフィーの奪還など、だ」


「知らぬ」


「さっき言ったことと違うじゃないか!」


 機嫌がいいから教えてくれるとはなんだったのか。


「そう慌てるでない。本当に知らぬのだ。そして我が知らぬということはエスティアに動きはないということだ。エスティアは汝らの国や街という組織とはその存在意義からして違うのだ。エスティアはエスティアの外のことに汝らが思うほど興味は持っておらぬよ」


「興味がないと言うけどさ、現にいまこうして俺の目の前にきみが居るということは俺たち人間にとっては一大事なんだけど」


「それは汝らが我らのことを知らぬからそう見えるだけのこと。そも、あのエルフとプラチナキャティアの小娘がこんなところまで来なければ我らエスティアと汝らが交わることなどなかったのだ……む。そう思えばあの小娘どものせいでこの最も気高き龍である我がこんな面倒なことをさせられたということか? ふむ。そう思うとなんだか腹が立ってくるかもしれん」


 セリカブルカが顔を顰め、不機嫌そうに尻尾を左右に揺らす。


「ちょ、ちょっと待ってセリカブルカ! わかった! エスティアが何もする気はないっていうことはわかったから! ここで暴れるのはよしてくれ!」


 こんなところで龍に暴れられてたまるものかと慌てて両手を伸ばして猛獣を相手にするかのように「どうどう」と制止する。


「……汝も大概無礼じゃ阿呆」


 キッと鋭く睨まれた後、セリカブルカは呆れながらも揺らしていた尻尾を治めてくれた。


「龍のもてなし方なんて教わったことがないんだから仕方ないだろ。もてなされたかったらせめて明るい時間に来てくれよ。こんな時間じゃお茶の用意もままならない」


「そうか? では次に来るときはそうすることにしよう」


「……」


 今のは来ないでくれという皮肉だったのだが……龍の冗談が俺に通じないように、俺の皮肉も龍には通じなかったようである。


「あのさ……エスティアがアクシスの街に興味がないこともニーズヘッグの仕返しに来た訳でもないってことはわかったし、俺に会いに来た理由は教えてくれないってのも分かったからさ……」


「うむ。そうじゃな。それで、あとは何が知りたい?」


 いや、知りたいっていうか……。


「それなら特に用事はないから帰ってくれないかな……」


「汝も思っていたほど我に興味がないな!? 我が龍なのにこんなに愛らしい姿をしている理由だとか、我の鱗が綺麗な秘訣だとか知りたいことはあるだろう!?」


 これまでの威圧感は一転、セリカブルカは目を丸くして驚きながら早口で捲し立ててくるが……鱗の綺麗さの秘訣なんて興味ないんだよなぁ。

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