第77話 真夜中の邂逅

 12月上旬。

 嵐によって壊れた瓦礫の撤去は既に終えており、残すところは薬草園の新しい建物の建設と庭の手入れくらいなのだが……。


 既にアクシス周辺では、積もる程ではないものの雪の日が増えたこともあり、庭の土いじりは諦め、畑も休ませている。


 野菜や薬草の苗や種類は家のそばの倉庫へ避難させているし、元々この周辺は薬草が豊富に生えていた土地なので、万が一保存に失敗していたとしても、春には拠点近くには自然と薬草が芽を出すだろうとのこと。


 建築のほうは、拠点内であれば俺がシールドを調整すれば雪の影響を調節することもできるのだが、そうしたところでアクシスに続く道が荒れてしまうので通いの職人たちが来れなくなれば意味がない。


 慌てる必要があるものでもないので春の完成でも構わないとバンズさんには伝えている。


 つまり、俺たちは忙しかった夏と秋とは正反対にのんびりとした平和な毎日を送っている訳だ。


「それじゃあルビィ、この文字は読める?」


「これは、りんご!」


「正解。よくできました」


 アイシャはこの休みを利用してルビィとノルに読み書きや一般的な教養を教えてくれている。

 勿論、アイシャひとりでは大変なので俺や他のみんなも交代でこどもたちの勉強や家事を分担している。


 ちなみに、ミミやフィー、クーニアの三人はあまりグランバリエ……というか俺たち人間の暮らしに詳しくないので、案外おもしろそうに一緒に勉強したりしている。


 ミミはそういうのには興味がないと思っていたので少し意外に感じたのは内緒だ。


 それ以外だとこんなこともあった。


「それじゃあフィー、今から隷属魔法の改編をしてみるから、何か異常があったら教えてね」


「うむ。くれぐれも卑猥なことをしないようにな。いいな、絶対だぞ」


「クーニアが監修してくれたから絶対に大丈夫だよ」


「……なんだと!? クーニアめ、余計なマネを……」


「何が?」


「なんでもない」


 こちらはミスがないように緊張しているのでふざけないで欲しいのだけれど。


 そんなことを思いながら、フィーの隷属魔法を改編――というより、実質解除――した。


 支部長にはこのことは伝えているし、許可も得ているが……いずれ新大陸にギルド本部からやって来るであろう上層部のことを考えて紋様は残しておくように言われている。


 無用な問題が起こることを避けるためなので、俺もそれには反論しなかった。

 フィーには胸元の紋様が残ることを詫びたが、何故かニヤニヤとちょっと気持ち悪い笑みを浮かべていた。


 ああ、それと――ルビィが誕生月を迎えて8才になった。

 この時、パーティの準備をしている間にアイシャから9月生まれだったと聞いて何もしなかったことを謝ったのだが、「私ならプレゼントは貰っていますよ」と言われた。


 その頃の贈り物なんて本くらいしか思いつかなかったのだが……アイシャは詳しくは教えてくれなかった。


 そんな風に、平和で穏やかながらもみんなでできることを考えて日々を生きていく。

 そんなのんびりとした生活をしていたのだが――



「起きろ」



 ――その声は雪の降る日の深夜、俺の寝室で、枕元のすぐ横から聞こえてきた。


「うぅん…………っ!?」


 突然の声にむりやり夢の世界から意識を引き戻され、布団の中で冷える体をシーツに擦り付けながら寝惚けた頭が、異常事態に気が付くのに数秒を要し――慌てて飛び起きる。


「だっ……むごっ」


 「誰だ」と口に出そうとしながら、飛び起き様に握った掛け布団を正体不明の相手に投げつけようと身構えたところを、あっさりと体の動きと口を相手の手によって封じられてしまう。


「騒ぐでないわ。他の者が起きる前にまずはなんじに話がある。我は争いに来たわけでない」


 片腕で組み伏せられた身体がまったく動かない。

 口を覆われた手を振り払うことができない。


 絶対防御アブソリュート・シールドによって保護されているはずの拠点の中に、しかも俺の寝室に気づかれずに忍び込むなんてあり得ない。


 騒ぐなという方が無理な話だ。


 俺は必死に目を動かし、俺を組み伏せている相手に視線を向ける。


 ちょうど窓の外で雪を降らせる雲の隙間から僅かな一瞬だけ月明りが差し込み、再び室内は暗闇に呑まれる。


 そのわずかな一瞬、俺の目に映ったのは――


「我の名はセリカブルカ。この世で最も気高き龍である」


 ――長く白い髪に、頭から突き出した二本の白い巻き角。

 鋭い金色の瞳は暗闇の中でもはっきりとわかる程に美しい輝きと威圧を放つが、俺を組み伏せる細腕は小柄な少女のそれである。


 しかし、ただひとつ違うのは……裸体のようにも見えるその肢体と豊満な胸元は白い龍鱗に覆われており、どう見てもただの人間には見えない。


 セリカブルカ。

 突如現れた白い少女はその美貌と圧倒的な力と龍角、そして龍鱗がその存在が龍であると訴えかけてくる。


「ひとつ確認するが……汝がニーズヘッグを倒したで違いないな?」


 彼女は、金色の鋭い眼光でまっすぐに俺を見据えてそう尋ねてきたのであった。

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