断章5外伝 新大陸でぃすかばりー! とある飛龍と深淵の母

「ふんふふーんふーん♪」


 常冬の北山脈を一体の飛龍が陽気に飛び立つ。

 雲間を抜けて、目指す先は大森林。


「うむ。美味そうな匂いがたくさんするのじゃ」


 滑るように空を飛ぶ飛龍は陽光を背にして南へ下る。

 いつ見ても真っ白な山頂とはうって変わって緑や黄色の葉が生い茂る地上の光景は新鮮で美しい。


「本当はの方にも行ってみたいんじゃがのぅ」


 西の方にちらりと視線を送る。

 どこまでも続くように広がるこの大森林の先にはエルフの支配地があると聞く。


 しかしエルフの土地には白の龍王も暮らしているので決して近づくなと群れの掟で決まっている。


「退屈じゃの」


 言葉を操る飛龍は再び眼下の森を眺めながら景色を楽しむ。


「向こうの海岸にあるのは人間の巣か……興味ないの」


 人間は最近この地に渡ってきた小さな動物だ。

 ひ弱な生き物なのに繁殖力も低いという不思議な生態をしているらしく、固定の餌場とするにはあまり向いていないらしい。


 確か群れの誰かがそろそろ一度収穫しても良いのでは? などと提案していたが、弱い者を狩ったところで何が楽しいのか。


 黒の四肢と翼を持つ飛龍は人間の巣を無視して南へ進む。


「むむっ。こっちには強いやつが居そうじゃのうっ♪」


 それは大森林を暢気に歩く図体のでかい魔獣の群れ。


「ベヒモスの幼体か。どれ、腕試しでもしてみようかの」


 飛龍は群れの一頭に狙いを定め、速度を上げて滑空する。


『ブオオオオオオオオ――――ッ!!』


「むっ! 気づかれたか!」


 しかし、ベヒモスたちは上空から迫る飛龍を既に察知していた。

 群れの一体が咆哮とともにブレスを放つ。


 濃縮された魔力によって形成されたそのブレスは輝いたかと思えばあっという間に目前に迫る。


 身体と翼の向きを逸らし、身を斜めにして宙を螺旋のように滑り飛龍はベヒモスのブレスを躱す……が、相手は群れ。


「これはちょっとヤバいの」


 数十のブレスが次々と飛龍を撃ち墜とそうとするのを、くるりくるりと周っては横に避け、風に乗って上に避け、風を切って下に避け。


 放たれる無数の光線を避けるばかりで、とても近づくことができない。


「そっちがその気なら……余もやり返させてもらうのじゃ!」


 旋回、急上昇。


 飛龍は突き出た二本の角の間から大きく口を開く。


 描かれる魔法陣。

 現れる5つの閃光。


 そして放たれるは紛れもないドラゴンブレス。


「どうじゃっ! やったか!」


 地上で爆ぜるドラゴンブレス。

 もくもくと上がる砂煙の中から――再びの砲火。


「んなっ!?」


 飛龍の放ったドラゴンブレスはあっさりと躱され、仕返しにと再びベヒモスのブレスが襲い掛かる。


 慌ててそれらを躱し終わった頃には……。


「やつらめ……余との勝負から逃げおったな……!!」


 砂煙に紛れて逃亡するベヒモスに薙ぎ倒される木々の悲鳴が置いて行かれたのだと報せてくる。


 飛龍はベヒモスを追って大森林の上空を飛ぶ。

 山を越え、谷を越え、無数の山のような高さの石柱が聳えるカルストを超え、無数の川が合流し侵食された湿地帯を抜けてその更に先――前人未踏の地、新大陸の中央へ。


 新大陸の中央、そこにあるのは何処までも深く底の見えない大瀑布。

 人間の訪れたことのないその地には未だ正式な名称はない。


 大瀑布・深淵アビス

 それはその場所の存在を知る一部のエルフが呼ぶ名である。


 そして好奇心旺盛な一体の飛龍はベヒモスの幼体を追いかけ、その地を訪れてしまう。


 外周30キロメートルを超える大瀑布の深淵の底から、己を見上げるベヒモスの母たる存在のことなど知る由もない飛龍は、鼻歌を歌いながら飛沫を上げる大瀑布の上空で獲物を探す。


 視界を覆い尽くす白い霧の中から深淵の縁に、窮屈そうに現れた巨大な指が掛けられたことにも気づかずに……。

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