第67話 褒賞
「よう。セレスト。目が醒めたらしいな」
ノックもせずにドアが開かれて支部長がずかずかと部屋に入って来る。
そんなことを今さら気にする間柄でもないけれど。
「はい。3日も眠っていたようですね」
支部長が先ほどまでレイナが座っていた椅子に腰かける。
こちらは相変わらず上半身だけをベッドの頭側の壁に預けた格好だ。
「娘からある程度話は聞いているんだろう? 他になにか聞きたいことはあるか?」
心なしか普段よりも優しい口調の支部長に違和感を覚えながら、知りたいことを頭の中で整理する。
「そうですね……ではまず、龍災の被害状況を教えてください」
これはレイナからは語られなかったことだ。
病み上がりの俺に対して気を利かせたのか、話す程のことではないと判断したのかはわからないけれど。
「怪我人は居るが死んだヤツはいない。幸い、怪我をした連中もお前がずっと薬草を納品し続けていたからな。ギルドは潤沢にポーションを確保していたからそいつらも問題ない」
どうやら今回の戦いで亡くなった人はいないらしい。
戦闘中に意識を失ってしまったことから、誰かが被害に遭っているのではないかと内心に閊えていた不安が晴れる。
「そうですか。それじゃあアイシャたちには何かお礼をしなければいけませんね」
アイシャもノルもルビィも龍災当日はギルドの中に居ただけではあるけれど、俺が新大陸に来て何もない状態から今の薬草園を営むまで支えてくれたのはあの三人だ。
そしてその三人の努力は、確かにこの街を守ったんだ。
そう思うと……なんだか込み上げるものがある。
「……そのことだがな、アイシャたちは今回の功績を持って奴隷解放とすることが決まった。今回だけで農奴として数年分の働きはしたさ。これは支部の会議で正式に決定したことで、俺の一存じゃあねーからな」
そういって支部長が一枚の紙を寄越す。
受け取って読んでみれば確かにそこにはアイシャ、ノル、ルビィの三名を農奴から解放し、市民権を与えるといった文面が書かれている。
「これは……きっとアイシャたちも喜んでくれますね」
思ってもみなかった朗報に驚き、嬉しさとともに三人がこれからどういう人生を選択することになるのかを考えると少しだけ寂しさもある。
「他になにかあるか?」
「そうですね……クーニアたちはどうなりましたか?」
「あれっきり姿は見てねぇな。師匠……アクシス旧開拓地の連中はあの日、炎になって空に昇っていっちまった。ったく。娘の顔を見せるって言ったのによ。どいつもこいつも勝手に満足して先に行っちまいやがって」
言葉遣いはやや粗いものの、その顔はどこか悲し気で、それでも僅かに持ち上がった頬や下がった目尻が笑顔のようにも見える。
「あの人たちは星に還ることができたのでしょうか」
「さぁな。俺にはバンシーの魔法のことはよくわからねーからよ。――ただ、あいつらだけじゃねえ。師匠たち以外の連中も居た気がするんだよ。あの空に飛んでっちまった炎の数は明らかに最初にあった連中の数より多かった。俺が諦めちまった連中が、助けられなかった連中が……一緒に故郷に帰ったのかもしれねーな」
それはトラストさんから聞かされた、現在のアクシスが誕生してから亡くなっていった若い冒険者たちのことだろうか。
新大陸では多くの冒険者がその命を賭して日々、金貨や名声、好奇心を満たすために冒険を繰り広げている。
旧開拓地以外の場所でも、きっと遠いグランバリエの故郷に帰れずに残っていた心の欠片もあったのだろう。
クーニアは最後のあの炎で、きっとその彷徨う人々の残り火を星火として送り出してくれたのだと、そう思いたい。
「なんだか湿っぽくなっちまったな。そうだ、セレスト。お前、今回の報酬は何が欲しい? 上位種は殆ど仕留められちゃいねーが、下位種と中位種はかなりの量を仕留めている。それにお前は今回の戦闘で一番の功績を上げたと言っていい。望むならニーズヘッグの素材もお前にやるぞ」
「うーん。報酬かぁ」
俺はニーズヘッグとの戦闘に集中していたため、街の外での戦闘の支援はミミとフィーに頼っていた。
なので街の外でどれだけの戦果があったのかは知らないのだ。
けれど、下位種のサブマノゲロスだけでも100枚を超える金貨を前に貰ったことがある。
中位種もいたということならもしかしたら、街の外だけでも金貨数千枚の戦果があったのかもしれない。
そっちはまあ、冒険者たちで山分けなのだろうけれど。
それにしてもニーズヘッグの素材かあ。
「正直、使い道がないんだよなぁ」
あんなデカブツの素材なんて一部だけでもとんでもなく大きいだろうし、素材だけ持っていても加工しなければ意味がない。
かといって加工したところで、
それなら素直にお金だけ貰っておいたほうがいいかな?
お金ならみんなに好きなものを買ってあげられるし、拠点の魔道具用の魔石を買い込んでもいい。
「お金でお願いします」
「……お前、本気で言ってんのか」
支部長が思いっきり顔を顰める。
何か変なことを言っただろうか?
「本気ですけど」
「……お前はこれまで人類が誰も倒したことのない龍王種を倒したんだぞ。ギルドはお前にいったい幾ら払えばいいって言うんだ。金貨何万枚だ? そんな現金うちの支部にはねーぞ。龍の素材を売っ払うにしても今回のはさすがに本部の許可もいるが……船はしばらく来ねえしな……」
「そんな金額になるんですか!?」
「当たり前だろうが!! お前は自分のやったことの偉大さが分かってないようだが、お前のやったことはもはや物語として語り継がれるような出来事だ。街の連中は全員お前のことを星火の英雄として讃えているし、商人どもは秋だってのに船を出して他国の開拓地まで速報を出してるくらいだ。お前の名はあっという間に新大陸……いや、グランバリエも含めた世界中に広がるぞ」
「えぇ……恥ずかしい」
凄まじい勢いで捲し立てる支部長に気圧されて思わずちょっと距離を取る。
どうやら俺の名は星火の英雄として知らないうちに広まってしまっているらしい。
というか、そんな名前を付けたのはいったいどこのどいつだ。
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