第65話 レーヴァテイン
◆
ニーズヘッグが新たに呼び出した龍はこれまでの小型から中型の龍種だけではなく、飛龍よりも倍以上巨大な翼龍や、民家程の大きさの地龍といった上位種も含まれていた。
アクシスの冒険者たちはこれまでも龍災で多くの被害を出しながら、皆が力を合わせてその龍たちの進路を変えさせることや、負傷させて追い返すことで耐えてきた。
それでも、巨大な上位種が相手となればそんな冒険者がいくら力を合わせようと勝てるはずもない。
アクシスの外周で戦う冒険者たちの心は龍の咆哮を前に膝を屈してしまうところだった。
この場で死ぬ。
そう思ったとき、透き通った体をしてバカ騒ぎをしながら現れた冒険者の男たちが、女たちが自分たちの横を駆け抜けて龍を切り伏せる。
絶望はほんの僅かな一瞬、星火の戦士たちによって覆された。
そしてアクシスの未来を託されたその男――ガウル――は空をひと睨みし、そしてアクシスのギルドを見やる。
屋上の外壁の上に立ち、赤い髪を風に揺らしながら剣を引き抜き龍の王に立ち向かう少年がそこに居た。
それはまるで物語の英雄のように、勇者のように。
ガウルは己の内側から込み上げる感情に肌が粟立つのを感じる。
これは龍に対する怒りや憎しみの感情などではない。
あの赤い髪の少年に対する憧憬。
そして――勝利への確信である。
◆
『クルルルァァァァ――――ンッ!!』
ニーズヘッグの短い咆哮と同時、無数の魔法陣がニーズヘッグの正面に幾つも浮かび上がる。
そして放たれるは無数の火球、氷の礫、雷の剣、逆巻く水の渦。
あらゆる攻撃魔法が
「どうしたニーズヘッグ! 最初のブレスの方がまだ効いたぞ! その程度の魔法で勝てると思ったか! 俺を殺したければその牙で、爪でかかってこい! 貴様のその巨体は飾り物かッ!?」
大袈裟に剣を振り、嘲るように滞空するニーズヘッグを煽る。
「逃げ回ってばかりいないでお前も降りてこいッ! その時にはこの剣がお前を貫くことになるがなッ!!」
こちらの言葉を理解しているかは知らないが、少しでもニーズヘッグが逆上してさっきのように近づいてくれればいい。
俺はゆっくりと海岸側に展開している魔力を別の個所に回し、好機を待つ。
一度失敗すれば二度目があるとは限らない。
これは最初で最後の賭けである。
「セレスト――ォ!! シールドの高度をぎりぎりまで下げろッ!」
ニーズヘッグと睨み合いが続く中、支部長の声が街中に響く。
城門の近くに設置された、耐久力なんて欠片も考えられていないこの街で最も高いその櫓の頂点。
ギルドの屋上よりも高く、何のために造られたのかも誰も聞かされていなかったそれ。
その頂点に青紫色の大剣を手に、構えを取っている支部長の姿が見える。
前線を師匠と呼んでいた冒険者たちに預け、支部長も最期の勝負を着けに来たらしい。
……来い。
……来い、来い、ニーズヘッグ。
焦れったい時間が続く。
俺も――支部長の顔まではわからないが――きっと支部長も同じように嫌な汗をにじませながらその瞬間を待っているだろう。
『――――――――』
それは歌声だった。
クーニアが宙を舞い、くるりくるりとステップを踏みながら、ときに器用に回転しながら空を舞う。
物悲しく、けれど美しく儚い歌声を響かせながら、クーニアはふわりと舞い上がり、高度を下げていた
『――龍の王よ。あなたは悲しみを生み出しすぎたわ。だから、一緒に――――』
それまで響き渡っていた歌声から一変、ニーズヘッグに向けられた言葉は小さく、とても俺の耳ではその言葉は聞き取ることができなかった。
『ギャオオオオオオオオ――――――――ンッッッッ!!』
しかし、そのすぐそばで聞いていたニーズヘッグは怒り狂ったように紅い瞳をギラギラと発光させてクーニアに向けて巨大な前腕を振るう。
「クーニア!!」
稲妻と荒れ狂う暴風を生み出しながら振るわれた龍の爪がクーニアを切り裂くと、クーニアの体は無数の緑色の光となって散る。
「っ!! クーニア――――――ァッ!!」
無意識に俺はクーニアの名を叫んでいた。
胸の内から込み上げる幾つもの言葉が、想いが、荒れ狂い胸の内から喉を掻き乱しながら込み上げる。
『グルルルルァァァァァッッ!!』
クーニアを消し飛ばし、それでも怒りの収まらないニーズヘッグもまたその咆哮に漆黒の感情を乗せ、巨大な顎を全開に開き二つの角と鋭い牙を以ってまっすぐにこちらに突っ込んでくる。
「うああああああああっ!!
ニーズヘッグが
それは以前、偶然ながらフィーとの出会いのときに生まれた新形態を超強化した巨大な触手のようにニーズヘッグの巨体へと絡みつく。
「支部長ぉぉぉぉっ!!」
災害を撒き散らしながら突撃してきたニーズヘッグの攻撃は重く、ビキビキと今にも
形態変化した巨大な触手も暴れるニーズヘッグの体に生えた棘や爪により幾度も切り裂かれ、長く持ちそうにない。
――けど、捉えた。
「よくやったセレストッ!! 遂にこの時が来たなクソったれの王様よ。――――――――これがアクシスの剣だ。思い知れッ!」
支部長がすっと腰を落とし、ニーズヘッグに向かい跳躍。
直後に高く高く積み上げられた木製の櫓はそのあまりの踏み込みの強さにばらばらと音を立てて崩れ落ちる。
たった一度の好機の為に。
たった一振りの剣の為に作られたそれの瓦礫が全て地に落ちるより
支部長は青く輝く光を纏い、まるで地上から天を目指す雷樹のように瞬く間にニーズヘッグの目前に迫る。
『さあ――みんな、最期の時が来たわ』
その声はどこから聴こえたのだろう。
優しい、クーニアの声が空へと響く。
そして宙を舞っていた緑色の光は強さを増し、青い雷樹を追いかけるように絡み合い天へと昇る。
それは街中から、城壁の外から、次々に浮かび上がり、やがて青い雷樹に追い付き、青紫色の刃に宿る。
『
「ウオオオォォォォラァァァァァァ――――ッ!!」
支部長の剣が振り下ろされるその瞬間。
その剣に宿った無数の魔力の残滓たちが炎となり、元の刀身の数十倍もの大きさの巨大な焔の剣へと姿を変える。
ニーズヘッグは
「――逃がす訳にはいかないよ」
――遂にその焔の剣がニーズヘッグの首を捉え、振り下ろされた剣が龍の首を切り落とす。
その紅き眼を驚きに見開きながら龍の首は宙を舞い、分断された巨体はずるりと滑り落ちるように
その勝利を確かにこの目にしたのと同時、俺は遂に人生初めての限界を迎えて意識を失った。
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