第43話 旧開拓地調査依頼

 新居で過ごす初夜が明けて翌日。


「昨日はなーにをしてたにゃー?」


 階段を降りてリビングに顔を出せばソファの上でニヤケ面のミミが寝転がったままこちらを見上げている。


「何の話かな?」


「プラチナキャティアは人間よりも耳が利くのにゃ。セレストはやっぱりエッチだったにゃ~」


「よし。ミミは今日は朝ごはん抜きだな」


 嵐にも耐えられるように頑丈に作ってあるので、壁も分厚いし大丈夫だろうと思っていたというか、思慮が欠けていたというか。

 とりあえずしらを切ってみたもののすっかり見透かされてしまう。

 しかしそういう話をするのはこどもたちの教育上よくないのでこの猫には罰を与えよう……冗談だけど。


「そんにゃ~! 今度はミミが相手をしてあげるからそんにゃひどいことを言うのはダメにゃ!」


「そういう話をしてるんじゃないよ!」


 突然なにを言い出すんだ。

 そんなに毎日マッサージが必要なほど疲れてないよ!


 などとミミとふざけてからアイシャと一緒に朝ごはんを準備し、みんなでいつもと変わらない食卓を囲う。

 ……フィーの顔つきが変なこと以外は変わらないから、いつもと同じでいいはずだ。

 まさかフィーも気づいてる?



 ――そして食後。


「じゃあ、俺は今日は支部長に呼ばれてるからちょっと出かけてくるけど、薬草園のことは頼むよ。ミミは暇だったらノルの稽古に付き合ってやってくれ」


 実は昨日ギルドの帰りに支部長に朝から顔を出すように言われていたので、今日は朝からひとりでギルドへ向かう。

 その前にアイシャとフィーにルビィと薬草園のことを頼み、どうせ放っておけば昼寝ばかりしているだろうミミにノルの相手を頼んで馬に跨る。


 道中、拠点との往復で固まっては雨でぬかるみ、歪に踏み固められた轍のような道路未満の地面を見やってはここも手入れをしたいな、などと考えている間にあっという間にアクシスに到着。


 ギルドでいつも通りに馬を預けてロビーに入る。

 適当に手の空いてそうな職員を捕まえてまずはレイナを呼んで貰う。


 インフェルノのように前回の定期船でやって来たばかりの冒険者とのトラブルを避ける為に最近はお決まりの挨拶は封印中。


「おはようございまーす! レイナですよー」


「おはようレイナ。支部長に呼ばれてきたよ」


 ほどなくして笑顔を浮かべて訪れたレイナと挨拶を交わし、執務室まで案内される。


「ん? なんかセレストさん今日いい匂いします?」


「……昨日、自宅が完成してね。お風呂を使ったからじゃないかな」


「へぇ。そうですか。お風呂はいいですよねぇ。今度私もお風呂借りに行っちゃおうかな?」


「支部長が許可してくれたらね」


 どこかいつもと違う重い語尾の伸ばし方に違和感を覚えながら適当に相槌を打っている間に執務室へ。


「それじゃあ、私はここで。ちゃんと私が家に行ってもいいかパパに聞いておいてくださいねー!」


 そういってにっこりと笑って足早に去って行くレイナ。

 ちょっと待って、それ俺が聞くの?

 絶対に怒られるに決まってる。


 とはいえ、こうしてドアの前でぼうっとしていても仕方ない。


「失礼しまーす」


「却下だ」


 入室した途端、力の籠った低い声が断言する。

 聞こえてたのね。


「そうでしょうね。それで、今日は何の呼び出しです?」


 勝手の慣れた執務室なので来客用のソファに好きに座る。

 支部長も慣れたもので、それに関しては何も言ってはこない。


「俺の娘にちょっかいを掛けようとしている不届き者を殺したあと何処に隠すのがいいか相談したくてな」


「あはは。支部長の娘に手を出すとはとんでもない不届き者もいたものだね。でも殺すのはやめた方がいいんじゃないかな?」


 というか、そもそもレイナから言い出したことなんだから俺を責めるのは勘弁して欲しい。


「……ちっ。まあ、そいつにゃまだ使い道があるから今回は見逃してやるとするさ。今回はな」


 舌打ちしながら言われても何も安心できないんだけど。


「それで、要件は?」


 ここはもう応じないとはっきりさせるために再度、話を促させて貰う。


「この街――アクシス――の南に放棄された街があるのを知っているか?」


 放棄された街?

 そんなものがあるとは知らなかった。


「その街の名はアクシス旧開拓地。まあ、実際には街というほどの規模じゃねぇがな。開拓初年度に新大陸の『秋』を知らなかった俺の上司や先輩を皆殺しにされて捨てられた場所さ」


 アクシス旧開拓地。

 そんなものがあったのか……支部長は随分若いとは思っていたけれど、もしかしてその秋に起こったことが原因だったりするんだろうか。


「この街以外にアクシスという街があったなんて初めて聞きましたね。それと、今回の呼び出しは何か関係が?」


 俺の問いに、支部長は僅かに瞑目してから長く息を吐く。


「最近、その旧開拓地に妙な噂が立っていてな。お前にその調査を頼みたい」


「妙な噂とはなんです? というか、旧開拓地のことなら今年来たばかりの俺よりも先輩たちのほうが都合がいいのでは?」


 場所さえ知らない俺より、長年アクシスで生き抜いてきた先輩冒険者ならば俺より土地勘はあると思うんだけど。


「ベテラン共を動かす程のことじゃねーのさ。最近アクシスに来たばかりの若い連中が旧開拓地の方に足を延ばしたらしくてな。その時に……幽霊を見たとかほざきやがる。それもひとりふたりじゃなく、複数の冒険者パーティが、だ」


「幽霊ってそんな絵本じゃあるまいし」


 支部長の重たい空気に気持ちが引っ張られていたのか、思ってもいない話に緊張が弛緩する。


「俺だって鵜呑みにはしてねえよ。どうせ脱落した冒険者やよその開拓地からの流れ者が居着いたんだろうさ。大方それを見間違えたんだろうが……お前の仲間の件がある」


「ああ……なるほど」


「これまで一度も姿を現さなかった先住民が今更こんな東岸に現れるわきゃないとは思うが、他の連中に依頼して万が一があるよりかはお前に任せた方が楽だろう?」


 そういう理由で他の冒険者を動かせないというのならわかるけれど。


「相手が普通の人間だった場合はどうするんです?」


「妙な連中なら殺せ。それ以外は放置でいい。どうせ本格的に秋がくれば半端な連中は全員死ぬ」


 それはまた物騒で気が進まない話だ。

 どちらにしたって、そこに誰かが暮らしている場合は救いがないじゃないか。


「そんな話なら本当に幽霊であってくれたほうがまだマシですね」


 どうせ他の誰かに回せない依頼なら俺がやるしかないのだろうけど、これは他の仲間は連れて行く気にはなれないな、と皮肉をこぼす。


「もしも本当に幽霊だったら……殺す前に俺にも会わせろ」


「はい?」


「……なんでもねぇよ。依頼の内容が分かったらさっさと出て行け。地図はレイナに渡してある」


 しっしと手で追い払われる仕草に執務室を後にする。

 支部長が最後に言ったのはどういう意味だったんだろう。

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