牧内不動

「これは、いい面魂だね。きっと強い子に育つよ」


<もえぎ園>の園長室で石田葵いしだあおいと対面した牧内不動まきうちふどうは、彼女の顔を見るなりそう言った。里親として二十五年のキャリアを持つ彼の直感だったのだろう。


彼がそう言ったように、石田葵は初めて会う彼に抱きあげられてもぐずることさえなくすやすやと眠っていた。


「養親が見付かるまでの間だけど、よろしくお願いするわね。手続きはこっちで済ましておくから」


宿角蓮華すくすみれんげがそう言うと、彼は深々と頭を下げて、


「では、謹んでお預かりさせていただきます」


と、自分の里子となった石田葵を自宅へと連れ帰ったのだった。




「まあ、可愛い!」


自宅に戻ると、妻の早苗さなえがさっそく出迎えてくれた。彼女の年齢は四十七。不動より三つ下の幼馴染だった。しかし不動と早苗の間に実の子供はいない。というのも、妻の早苗は子供ができない体だった。幼い頃から義理の父親から性的虐待を受け、しかも妊娠するたびに堕胎を繰り返されてきたことでそうなってしまったのである。


早苗が大学生になった頃、養父から性的虐待を受けていることを知った不動は彼女の養父を包丁で刺すという傷害事件を起こし、それがきっかけで養父による早苗への性的虐待と、彼女の実の母親がその事実を知りながら隠蔽に手を貸していたことが発覚。そちらも合わせて刑事事件となり、不動は傷害の罪で執行猶予付の有罪判決を受け、早苗の養父と実母はそれぞれ懲役十年と五年の実刑が下されて服役した。


その時、不動の更生と社会復帰の為にサポートを行ったのが、<もえぎ園>の先代の園長であり蓮華の母親である宿角菫すくすみすみれだった。蓮華とはその頃に知り合い、彼の人間性については元々よく知っていたのだ。自分が守るべき相手に対して見せる器の大きさを知ったとでも言うべきか。


もちろんそれは当時の園長である菫も承知しており、故に早苗との結婚を決めた不動に里子を預けることにしたのだった。


里親になるには本来、厳しい条件があり、その時点では不動はそれを満たしていなかったが、正式な里親ではなく、ただ<もえぎ園>の外部協力者として非公式に預けるという形で実質的な里親になったとなったということだ。


<もえぎ園>の職員の指導もあったとはいえ、不動は菫の見立て通りに立派に里親としての役目を果たし、親に捨てられて園に来た子供を養親に引き渡すまで育て上げたのである。


その後も十人もの子供を預かり育て、そしてまた、石田葵を育てることとなったということだ。


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