エガキナマキナ第一企画「回想死因」
作家編集コンビside その一
某県某市某海岸へ向かう列車の中。創務省より送られてきたメールを見て、編集者は思わず舌打ちをした。没に対抗できるのはニジゲンとツクリテだけだと言うこと、没討伐はツクリテ──漫画家である担当作家の重要な使命であることは理解している。特に没に止めを刺せるのはツクリテの特殊武器であることは重々承知であることだ、が。
(この没、遭遇したら先生がいのいちばんに食われるやつッスわぁああああああああ!)
海底に住まう大型没、『母なる金字塔』。過去の良かった思い出の幻覚を見せる胞子を吐き出して、誘導した人間の脳を食らう化け物。そんな特性を前にして、担当作家が抗えるはずもない。五年ほど続く付き合いと、最近判明した事実をもとに、編集者──重野篤彦はそう太鼓判を押す。
ざぁざぁと降る雨の中、列車はどんどん海岸へ向かう。この列車のように一直線に、封の開いた高級猫缶の臭いを嗅ぎつけた飼い猫の比じゃない勢いで、没の元へ駆け寄る担当作家が目に見える。とてもいい笑顔であるはずだ、ハッピーエンドのようにも見えるほどの笑顔だろう。行き先は海底、没の口の中であるとは到底思えまい。
メールを受け取り、携帯端末を開き目を通してから頭を抱えた重野を見て、情報を獲得したと判断したのだろう。少し離れた席に座ったブラックスーツを着た女──担当作家、天色シュウが声をかける。
「編集者サン、没はどんなのか教えてくれたっていいじゃないですか」
情報はいつも重野がまとめて整理して、天色に必要な情報を適宜に渡す。そんな方式でやっているため、天色シュウは今回発生した没──『母なる金字塔』のことはまだ知らない。知ったらダメなやつだ、と重野はそう判断した。幻覚であろうとも、彼女の過去における唯一の良かった思い出──『先生』に会えるなら彼女は、まっしぐらに突き進みやがる。そんな勢いを持っている。
重野はわざと、軽い口調で天色を突き放すように方針を決めた。
「うるせッスね、今回は先生がやっつけられるほどのサイズの没じゃねえんスよ。先生は街中に残って海岸へ向かう一般人を止めるって方向で被害食い止めに行きましょう」
天色シュウの特殊武器は手袋だ。ある程度の大きさの没なら六発殴って倒すことが出来るが、海底にいる大型没には相性が悪い。没討伐自体は遠距離から攻撃できる得物のツクリテの方が適していることだろう。
「せっかくの海なのに、資料写真を撮りに行けないんですか?」
「え、見たい写真があるんスか」
「いますぐ必要ってわけじゃないんですけど……今度、人魚姫をモチーフにした読み切り描こうと思ってて。海中から見える日光の写真を撮りたかったんです」
「……没を討伐してから行きましょう」
頓珍漢な題材を採りやすい担当作家の、真っ当にファンタジーな題材を聞いて重野は少しだけ返事が遅れた。混乱が収束してから二三日ほど滞在しても構わないだろう。そう判断したものの、素直に言えない重野は空白をごまかす目的で、荷物からマスクを取り出した。
「今回の没は毒の胞子を吐き出すタイプの没なんで、吸わないようにマスクをつけましょう」
「はーい」
天色はおとなしく指示に従ってマスクをつける。彼女も阿呆ではあるが馬鹿ではない。こうして指示を出しておけば、マスクを外さないだろうし没の情報を知りたがらないだろうし街の警備に集中して海岸へ近づくことはないはずだ。──おそらくは。
「へ──くしゅっ」
「くしゅん」
マスクは長いことカバンの中で持ち運ばれていたためか毛羽立っていた。その繊維に鼻をくすぐられたのか、両者ともにくしゃみが出てしまう。
「──没は胞子を出すって言いましたよね」
天色がマスクの内面をにらみつけながら呟いた。
「えぇ。胞子って先生、ご存じッスか? カビとかキノコやシダ植物が出す、花粉のような細かい粒粒。空気に乗ってどこまでも行くんス。目に見えないほど小さいので、先生海岸に着いたらマスクを外しちゃダメッスよ」
説明する重野に天色はうっとうしいように鋭い目を向ける。
「そのくらいは分かってますよ。ちゃんとマスクをしていきますよ。でも──」
胞子という目に見えなくてどこまでも空気に乗っていく粒子は、没が吐き出してから今までで。いったいどこまで到達しているモノでしょうかね?
天色が放ったその質問に、重野は答えることはできなかった。
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