とおーさん 通じて

 夜の町は多くの客引きとゴミと喧騒とが混ざりあい朝には忘れ去られる。

 それと同様に、朝の町は夜には忘れ去られる。

――どこへ通じているかって、場所は場所だろう。

――そうかもね。点ならさ。

 そういった彼とはちょっと前に別れてしまった。なんでも決めつけてしまって、それが心強くて、頼りがいがあると思っていたけれど、そうじゃなかった。

 いつも何かの答えを出さないと気が済まない。理解できないことがあっても、無理やりに枠に当てはめる。

 そんなことが繰り返されて、固まっていった。


 町は点じゃなく、線であって常に動くもの。

 彼にはそれが分からなかった。町はここにあるもので、ずっとずっと同じものだ。

 子供のころから色々なものが変わった。畑がマンションになり、商業施設が出来て、よく遊んだ公園の遊具が消えたとしても、同じ。

 そんな固定された認識が閉塞感を産み、彼との会話、遊びに食事、そのどれもがつまらない。どこかに書いてあったような話ぶりとデートコースと、色々なかかわりが彼個人のものでなく感じてしまったから別れた。


――オレはいつもお前のことを思いやってきたつもりだった。

――そういうところが、合わないって思う。


 たぶん分かっていない。必ず、どこかになにか答えがあると考えているから。全部が点で、それ以上はないって信じているから。

 結局のところ、わたしも彼のことを深く知ろうという気持ちが無かった。

 そこまでの思いを持って関係を続けられるものじゃなかった。若いうちの遊びの1つで、それ以上でもない。


 夜の町で忘れ去られる路地がある。

 繁華街の中であって、そこだけが照らされていない。お店もなく、ただの掃きだめのような場所。

 だから誰も寄り付かない。頻繁に警官が見回りに来るものだから、秘め事なんてけっしてない。以前、ここでなにか❝取引❞をして捕まった人があった。

 それきり忘れ去られてしまったのだ。

 そして、この路地の先がどこに通じているのか、わたしは知らない。

 特に知る必要もなくて、ただ通じているだけ。男性向けサービスの客引き、雑多なスカウト、喧嘩する男女などなど、喧しさだけが響く場所。

 わたしには関係のない場所だから、どこへ通じていようが関係が無い。けれども、偶然知ってしまったこの路地が忘れ去られるに至った出来事を知っているから、それで関係が出来たような気がする。


 そこへ1度踏み入れれば喧騒はとても小さく、遠くの音のように聞こえた。

 湿って、臭う。誰かの立小便と、投げ込まれた飲みかけの缶と、傷んで久しい餌やり皿がある。

 それも入口周りだけで、五歩も進めば何もなくなる。ビルとビルに挟まれて、偶然空いてしまった隙間のように、この場所自体に居心地の悪さを感じる。


――どこか、拒絶している。


 拒絶しているから、誰にも覚えてもらえない。

 歩いても歩いてもどこへも通じていないような気がする。もしくは、どこかで聞いたフォークロアのように、別の世界へ通じている。

 そんな妄想をしても、結果は分かる。


 通じているから路地があるので、それは忘れ去られていても同じ。

 こうした忘れ去られた場所には湿っぽさがあるのはどうしてだろうか。成長には水が必要で、余分なそれらが溜まっていくからか。


 バシャ。

 そんなことを考えていると、地面に広がっていた吐しゃ物を踏みつけた。

――サイアクだ。

 スニーカーから跳ねて足首についてしまったから、鞄からティッシュを取り出してふき取る。粘り気があって、本当に不快だった。

――こんな場所、忘れ去られて当然だ。

 言いながら八つ当たりだってのは分かっている。よく分からないことを考えて別れてしまったのと同じだ。


 路地を抜ければ目の前には公園がある。

 繁華街の目の前にある公園では、学生が酔っ払いはしゃいでいる。

 その光景はやはり変わらず、わたしは臭くて汚い路地から出て来ただけだった。


 なにか、変化があればいい。

 簡単に思ったことの罰だろうか。

 わたしは路地の汚さを付け、ただただ行く当てのない点のままだった。

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