75.

「……全呪、解放」


 まだ一度も使ったことがない機能。変身とは別のアプリを起動させ、震える手でタップした。


「……くっ」


 両手が燃えるように熱い。籠手を外してしまいそうなほど、熱い。


「ねえ、それ——」


 背後にいたブラックが何か言いかけたが聞こえない。


『————やっと繋がった! レッド、止めて! まだそれを使う時じゃない!』


 今じゃなかったらいつ使うんだよ。この場で生き残るために私はこの力を使う。それに……透子とうこだって使ったことがあるはず。私だって、扱える……!


「へえ……その武器、今はレッドが使ってるんですね。透子さんも無茶をする」


 黙れ。もうお前の声は聞きたくない。


「……覚悟できた?」

「何の覚悟、かな」

「今から私に……殴られる覚悟に決まってるだろう——!」


 叫びながら駆けた。

 グリーン目掛けて全力で駆けた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 絶叫と共に拳を振るう。いつもならここで避けられてばかりだが……。



「ぐ…………厄介、ですねぇ」


 グリーンでは追い切れない、私の拳。今までとは比べ物にならないくらい、今の私は速い。

 右に左に。どちらの拳も確実に相手を捉えている。


「なんでっ……なんでなんだよ……!」


 ダメージを負っているのはグリーンなのに、私の口から漏れるのは悲痛な声ばかり。


「はは……やられているのは僕なのに、随分と苦しそうですね」

「うるさいっ!」


 顔、肩、腹部。狙いはさっきからバラバラだ。……むしろ狙いなんて元から無いのかもしれない。


「はっ……!」

「く……!」


 だからこうやって反撃されても避けられない。


「はぁ……はぁ……。前から思っていたけど君の戦い方は……いつも捨て身ばかりで防御がおざなりですね」

「そういう貴方は型にはまった動きばかりだ、ね!」


 お喋りしてる暇なんて与えない。それに相手が刀を使う以上、間合いは無意味だ。詰めて、相手の懐に入り込んで戦うのみ……!


「はぁ!」

「ぐうッ……」


 今のは入った。深く、入った。

 鳩尾を押さえながら、グリーンは膝を突いた。


「本当に……厄介ですね。その武器」

「……え?」


 よく見ると私の拳が捉えた箇所、その全てに火傷の痕が。痛々しく変色している。


「ふぅ……。なんとも厄介なモノを造ったものだ、あの女も」

「なに……? 何の話?」

「レッドは……その武器のことをどこまで知っていますか?」

「……呪いがかかってる、って聞いてる」


 呪いを解放すればするほど寿命が縮む。

 透子からはその程度の説明しか受けていない。実際に使用したことがある透子の左手首には”3”という数字が浮かんでいた。

 その数字がどれくらいの年月、寿命を指しているかは分からない。だけど確実に、透子の寿命は削られている。


「それだけ、ですか?」


 だけ、って……。それ以外に何があるって言うんだ。


「本当に? 何も知らないでそれを解放したんですか?」

「どういうこと……。グリーンは何を知っているの?」


 透子は嘘を吐いていない。知っていることを全て話してくれた。

 だからグリーンが何を話そうとしているのか、皆目見当がつかない。


「その呪いは確かに寿命を縮める。そう……人間としての寿命をね」

「人間として、だって……?」


 意味が分からない。人間としてじゃなかったらなんだって言うんだ。

 困惑する私を見て、グリーンは薄く笑った。小馬鹿にするように、無知を笑うように。




「人間としての自我は薄れ、徐々に怪人になっていく。全く……悪趣味な呪いですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る