69.

 アジトの奥へと走る。道中、敵とは遭遇しなかった。ブルー達の陽動作戦が効いているみたいだ。

 私たちは当初の作戦通り、ほとんど戦闘せずにアジトの最奥へとたどり着いた。


「ここか……なに、あれ」

「あれが例のモノだよ。回収するのが私たちの仕事」


 極めて冷静に前を見据えるブラックとは違い、私は動揺を隠しきれなかった。だって目の前にあるのは……。



「やあ、いらっしゃい」

「……ッ!」

「やっぱり……」


 来店したお客を出迎えるような気軽さでその男は突如として姿を現した。


「ようこそ、僕の基地へ。レッドと……ブラック、ね。黒が似合うね、君は。裏切者にはぴったりじゃないか」

「そう。黒色、好きだから嬉しいな。君だって黒が似合うよ。お腹とお揃いの色だろう?」


 皮肉には皮肉を。顔色を変えることなくブラックは素知らぬ顔で言い返した。男はピクリと眉を動かしたが、態度には出さず軽率そうな笑みを浮かべる。


「なんだ、よく喋るようになったじゃないか。前は僕が話しかけてもうんともすんとも言わなかったのに」

「君に話したいことなんて何も無かったからね」

「…………うわぁ」


 聞いている私が肝を冷やすくらい、男への対応は冷たい。さっきの白衣の男同様、何か恨みでもあるのだろうか。


「じゃあ今は話したいことがあるのかな? 例えば…………アレのこととか」

「…………」


 男は下卑た笑みを浮かべ、この部屋の奥に鎮座しているアレを指差した。

 ここに来る前に詳しい説明は受けていない。それでも一目見ただけでアレが何なのか分かってしまった。分かってしまったからこそ、やるせない。


「アレは君たちには渡せないな。ここでしくじると……僕もこの島と共に消されてしまうだろうから」


 さっきまでへらへらとしていた男が一瞬だけ、憂いを帯びた表情を浮かべた。その表情を見ただけで冗談でないことが分かる。

 思えば怪人が倒された後に消えてしまうのだってそうだ。証拠を残さないためでもあるけど、それは——


「結社では……敗者には死あるのみ、だからね」


 同じことを思っていたのか、ブラックは静かに吐き捨てた。


「そうそう。いくら幹部だってしくじれば死、だからね。”2番”、僕は君の仕事ぶりをずっと見てきた。他のナンバー持ちとは比べ物にならないくらいの徹底した仕事ぶり、みんなに見習ってもらいたいくらいさ。だからこそ聞きたい。何故結社を裏切った?」

「……元々、結社に忠誠など誓っていない。ただ私は——」

「殺すのが楽しかったんだろう?」


 ブラックが言い終わる前に男の言葉が遮った。


「そんなわけ——」

「あるだろう? だって君はいつだって楽しそうに仕事をしていたじゃないか。知ってる? 君、仕事を終えてアジトに戻って来た時はいつも笑っていたんだよ——」

「違う!」


 とうとうブラックは声を荒げて否定する。それを見た男は歪んだ笑みを浮かべた。

 君はどう思う? なんて私にも声をかけてきたが返事はしない。

 私だって一緒になって否定したい。だけど、この男を見ているとそれは悪手なんじゃないかと思う。

 だってさっきから、この男は挑発してばかりだ。男のペースに飲み込まれるのは良くない。


「この……!」


 ブラックは黒剣を片手に男へと歩み寄る。

 駄目だ、完全に血が上っている——



『ブラック! 落ち着いて!』


 突如響いたピンクの声に驚き、ブラックの足が止まった。


『……目の前を見て。敵はどんな表情を浮かべてる?』

「…………笑ってる」

『冷静に。敵の言葉に振り回されないで。君は今はコウセイジャーなんだから』


 ブラックは黒剣を両手で握り、ゆっくりと男へ向けた。


「お前はいつもそうだ。言葉巧みに挑発して……。もう、惑わされない」

「ひどいなぁ、人をペテン師みたいに。君が返り血を浴びて笑っていたのは事実——」

「もうお前の言葉に耳は貸さない」


 ブラックの強い言葉に男は呆れ、大袈裟に肩を竦めて見せる。


「そうかい。なら——」


 ——戦うしか、ない。


「レッド、構えて」

「うん」


 ブラックの隣に並び、男を見据える。

 さっきの白衣の男のような頑丈さや、前のアジトで戦った男のような俊敏さはなさそうだ。この男の武器は一体——


「出てこい——」


 壁が崩れ、おびただしい数の怪人が現れる。十や二十。両手両足を使ってもまだ足りない。数えきれないほどの怪人。

 この男は、一体なんなんだ……!


「レッド、落ち着こう。私たち二人で倒せない相手じゃないよ。たくさんいるって言ってもせいぜい兵隊ポーン。着実に、倒していこう」

「ごめん、ちょっと気が動転してた。もう大丈夫」


 ブラックと背中合わせになり、お互い武器を構えた。

 後ろにブラックがいるなら安心だ。私の背中が攻撃されることはない。同じように、私がいるからブラックの背中も攻撃されることはない……!


「へえ……どこまで持つかな?」


 高みの見物をする男を注視する必要はない。私たちはただひたすらに目の前の敵を倒す。話はそれからだ。


「レッド!」

「うん!」


 短く言葉を交わし、拳を振り下ろす。怪人が吹き飛び、別の怪人が目前へ迫る。

 右、左、右。止まることなく拳を振るい続ける。

 今の私は迷いがない。この怪人たちがこれ以上罪を重ねないために、私がここで倒す。


「はっ!」


 背後から壁が崩れる音がした。黒剣の斬撃だろう。相変わらず桁違いな力だ。私も武器が使えた、ら……。


「ぐ……うう…………」


 籠手が、急に……。

 熱い。熱い、熱い、熱い、熱い——!


「レッド! 危ない!」


 私に迫る怪人の腕を黒剣が吹き飛ばす。

 ブラックは黒剣を片手に、私を担いだ。


「……下ろ、して。だいじょうぶだから」

「大丈夫じゃないでしょ。一旦、下がって」

「でも……うぐ…………」


 皮膚が溶けるような痛み。両手が熱い、痛い。漏れ出る声が抑えられない……!


透子とうこさん! レッドの籠手が!」

『分かってる! レッド、一旦その籠手を外して!』

「外れない……!」


 私だって痛みに耐えられなくて外そうとした。だけど、外れない。何をしてもこの痛みから解放されない。


「ううううううう!」


 溶ける。両手が、溶ける——!



「なにそれ」


 いつの間にか近くに来ていた男が私の右手を掴んだ。

 ぎょっとして辺りを見渡すと、さっきまで溢れ返っていた怪人の姿がない。なん、で……?


「君のこの籠手……」

「レッドから手を離せ!」


 黒剣の一振りを難なく避けると、男はブラックには目もくれず私の両手に視線を注いだ。



「……ああ、そういうことか」

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