66.
『ハローハロー、こちらイエロー。三人とも配置に着いたっす』
イエローの快活な声が聞こえた。ちょうど良い。私たちも目的地に着いたところだ。
あとは
『みんな、聞こえる?』
『はい』
『うっす』
「……うん」
透子の呼びかけに思い思いの返事をし、次の言葉を待った。
『一つだけ、約束してほしい』
「……」
誰も急かすことはなく、静かに耳を傾ける。
『危ないと思ったら逃げて。敵前逃亡したって構わない。自分の命を……大事にして』
「はい!」
ついに始まった桜島作戦。決められた通り動き、決められた役割をこなす。私たちの役割は例のブツの奪還だ。決して怪人との戦闘ではない。
出来る限り敵との接触を避けること。最初に透子が私たちにそう言った。
「……」
「……」
物陰に隠れ、じっと静かに機をうかがう。
予定ではイエロー達が騒ぎを起こすはずだ。詳細は聞いていないけど、敵をあぶり出すためにかなり派手に動くそうだ。
だが、まだインカムから音は聞こえない。もうすぐ、だろうか……。
『敵、発見! 応戦します!』
ブルーの声が聞こえ、わずかに身構える。隣にいる結陽も顔が強張っている。
『こちらグリーン。予想以上に……数が多い』
『対応出来そう?』
『なんとか……持って三十分ってところです。どうか、急いで欲しい。レッド、ブラック』
『聞いたね? 二人は今すぐ目的地へ向かって!』
「了解!」
すぐさまバイクに跨り、山へと向かう。町を抜け、山道へ。道なき道をひたすら進む。
何度かバイクから落ちそうになったが何とか堪える。慣れないバイク、通ったことのない山道。少しの油断が命取りになる。
『うおおおお!』
『くっ……そがよぉ!』
『ギィィィィィィィィイイイイ!』
ずっと通信機からは戦闘音が聞こえている。それを歯がゆい気持ちで聞きながら、展望台を目指す——
「着いた! 透子、着いたよ展望台!」
『了解。ブラックが入口を知っているはず。もぬけの殻とは言え、気をつけて侵入して!』
「……」
結陽は辺りを注意深く見渡した後、森の中へと歩いて行った。それを慌てて追うが、結陽は何も言わない。
ただ静かに、辺りを注視していた。
「ゆ……ブラック?」
「ここだ……」
ここ、と言われた場所を見るが何もない。あるのは木と地面。アジトの入り口なんてどこにもない。一体、何を……。
「……転送、スタート」
「了解シマシタ。転送開始シマス」
「えっ……」
結陽の声に反応し、眩い光が私たちを包み込む。
これは、知っている。私たちは知っているはずだ。だって、いつも——
「レッド、着いたよ。ここが桜島にある結社のアジト。前に君たちが壊滅させた”4番”のアジトとそっくりだろう。中の作りは同じなんだ。だからこうやって……」
何もない壁に手を当て、ゆっくりと押した。
「回転扉……?」
「そう。結社ってのはこういう仕掛けが大好きみたいでね。愚直に廊下を進むだけじゃ時間がかかるし、罠だってある。こっちのほうが安全で近道——」
踏み出そうとした結陽の足がピタリと止まる。踵の音を鳴らす前に、黒剣を握る。
「君が来ると思ってた」
「私は…………貴方はここにいないと思っていましたよ」
暗闇からゆっくりと歩みよる影。真っ白な白衣に無造作に伸びた顎髭。見るからに不健康そうな男が立っていた。歳は……四十代前半か三十代後半。私のお父さんと同じくらいの年齢に見える。
白衣を着ているとは言え、医者ではないことは一目瞭然だった。
「また……実験を繰り返しているんですか」
「実験に終わりはない。成果が出れば次の研究へ移るだけだ。私の人生とはそういうものなんだよ」
知った顔なのか、結陽は男と会話を続ける。
でも気づいてしまった。結陽の顔は苦々しい。一言で言うなら嫌悪感。それを横目で見ただけで気づいてしまうほど、顔に出ている。
「その実験で……何人殺した?」
「さあ……千を超えてからは数えることを止めたよ。なに、そこのリストを見てみると良い。過去の被験者の名前が載っている」
男が指差した棚には大量のファイルが並んでいる。この全てが被験者のデータ……? これだけの人間を手にかけたというのか。この男、狂っている……!
「……レッド、見ない方が良い。知っている名前も載っているかもしれないから」
「……ッ! 分かっ、た」
伸ばしかけた手をゆっくりと戻す。
私と違って結陽は冷静に相手の出方を窺っている。少しでも白衣の男が動けば、黒剣を振り下ろすだろう。
「貴方が私とやり合えるとでも?」
「そりゃあ無理だろう。だって君、強いじゃないか」
男はやけにあっさりと答えた。じゃあ何のために私たちの前に現れたんだろう?
「じゃあ、降参しますか?」
「勝つとか負けるとか。そんなものに興味はない。もちろん、結社のことだって私には関係ない。私は私のためにここにいる」
ポケットから注射器のようなものを取り出し、ゆっくりと自分の首に当てる。注射器の中身は緑色の気味が悪い液体。見るからに良くないもの、だ——
「止めろ!」
結陽は何かに気づき、黒剣で注射器吹き飛ばそうとした。だが間に合わない。男は結陽の剣より早く、注射器を自分の首に刺した。
「……結局貴女もこうなるんですね」
「アアアアアアアアア!」
見る見るうちに男の身体が膨らんでいく。血管が浮き上がり、筋肉が男の身体に形成される。
見るもおぞましい姿。これじゃあまるで……。
「レッド、構えて。あれはもう……怪人だよ」
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